『英語職人』時吉秀弥の英文法 最終回答! -20ページ目

『英語職人』時吉秀弥の英文法 最終回答!

本当にわかる英語とは?!英語、英文法、その他の外国語の学習、言語学などについていろいろ語ります。

リクエストにお応えして、今回は関係代名詞のwhichとwhatの区別について説明です。whatは「先行詞」がないことが最大の特徴ですが、ところで「先行詞」って何でしょうか?動画ではここにも丁寧に切り込んで行っています。

 

そして、なぜwhatに先行詞がないのか、も詳しく説明しています。whatは疑問文なら「これは何?」のように「もの」を尋ねたり、「何が起きた?」のように「こと」を尋ねたりします。だから関係代名詞のwhatはそれ自体が「こと」「もの」を意味します。つまりwhatはthingという先行詞を内蔵済みなので先行詞はいらないのです。

 

 

 

単語に意味があるのは当然と思っているあなた、「文型は並び方のパターンだ」と思っていませんか?文型も単語と同じくらい意味を表すユニットなんですよ。それがわかると「文型の気持ち」「文型で使われる動詞の気持ち」がわかります。つまり、より直感的に文を理解し、作ることができるようにななります。




私は沖縄拳法という古い沖縄の空手を修行しています。この流派でもっとも重要視する空手の型が「ナイハンチ」と呼ばれる型です。これは、「ナイファンチ」とも発音されることがあります。初めの頃は「ただの方言のバリエーションかな」と思っていたのですが、ある時、ハッと気づきます。

 

やべぇぞ!ナイファンチの「ファ」って、ひょっとして室町時代まで日本語に残っていた発音じゃん!

 

実は奈良時代以前の日本語では、「母」は「はは」ではなく「ぱぱ」と発音されていました。というか、「はひふへほ」の音は「ぱぴぷぺぽ」と発音されていた、というのが定説です。そしてこれが平安時代の頃には「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」となり、江戸時代には「はひふへほ」になったと言われています。

 

室町時代に「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」の発音だったことがわかる有名な証拠として、後奈良天皇が編集した本『後奈良院御撰何曽』(1516年)があります。ここに一つのクイズが載っていて、

 

「母には二度逢ひたれど、父には一度も逢はず。何ぞ。唇と解く」(母のときには二度会うけれど、父のときには一度も会わないのは何だ。答えは「唇」です。)

 

というのがあります。

当時は「母」を「ふぁふぁ」と発音していたので、「ふぁ」と一回発音するのに唇を(「ぱ」に比べればかすかにですが)くっつける必要があります。つまり「ふぁふぁ」と発音するのに二度唇をくっつけなければいけません。ところが、「父(ちち)」は一度も唇をつけることなく発音することができます。この事実が表されているのが上記のなぞなぞです(1*)。

 

沖縄の空手の型の話に戻りますが、ナイハンチが江戸時代から現在に至るまでの日本語の発音にもとづいたもの、ナイファンチが室町時代の日本語の発音に基づいたもの、と言えます。この「はひふへほ」の音を「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」で発音する方言がどれくらい残っているのか、沖縄の古老の方達に聞いてみたいですね。

 

 

歴史言語学の最近の研究では、琉球語は弥生時代から奈良時代あたりの九州にいた集団が、大和朝廷の日本語話者集団と分離して独自の方言を発達させたのが起源で、その集団が10〜11世紀頃に沖縄へ移住することで、沖縄での農耕時代の幕開け(沖縄史で言う、貝塚時代からグスク時代への移行)となったのではないか、という仮説が出ています(2*)。あくまで仮説の一つですが、それでも分岐年代を考えると、その当時の古代日本語が化石的に沖縄方言に残っている可能性はとても高いわけです。もちろん、沖縄と日本本土はその後も交流を続けるので100%純粋に古代日本語が残るわけではありません。奈良時代以前に分岐したはずの琉球語に室町時代の日本語の発音が残るのもその例です。それでも沖縄に古代日本のロマンを見ることができるというのは確かで、こうした見方が、数多い沖縄の魅力にさらにひとつの新たな魅力を加えることは確かなのではないでしょうか。

 

参考文献

1*  母は昔パパだった―音韻変化の話―  小池小夜子

https://www.iciea.jp/i-news/pdf/107/i-News107-15.pdf

 

2* 日琉祖語の分岐年代 トマ・ペラール (収録:琉球諸語と古代日本語・日琉祖語の再建に向けて くろしお出版)