2週連続の出張で、
身体はだいぶ疲れていた。
それなのに、週末は
2つの集まりで埋まっていた。
金曜の夜、テレワーク終わりに
上野の焼肉屋へ向かった。
大学の同級生たちとの集まりだ。
この会は、毎回だいたい
同じ流れになる。
学科の同級生80人分の名前を、
ア行から、引きずり出す作業が
始まるのだ。
「ほら、あの……鈴木と佐野の間に
誰かいたよね……」
「だから毎回思い出したら、
メモ取れって言ってるだろ」
でも誰も本気でメモは取らない。
こだわりがあるわけじゃない。
ただ、同じことを繰り返して、
同じように笑えるのが
心地いいだけだ。
そして話題は自然と
現在の肩書きへと流れる。
60人の部下を率いる部長さんや
執行役員、国際検討メンバーなど
いずれも同級生の女性たちだ。
これらの会話は、どこか互いの
「レベル」を確かめ合うような
感じがしていた。毎回そうだが、
その華やかさは、自分には
かなり眩しすぎた。
一転して土曜日は、夕方から
近所の前職の仲間たちが集まった。
この「近所会」は、
だいたい3ヶ月に1回の
ペースで開催している。
メンバーは、今回の居酒屋のそばに
住んでいる、元同期の堀田と
彼の元部下のミワさん。
自分は隣駅だが、20分ぐらい歩けば
帰れるくらいの距離に住んでいる。
他のメンバーは、
同期の堺とその奥さんで、
2駅先に住んでいる。
ミワさんと堺の奥さんは同期で、
自分たちより下の代になる。
ミワさんには一人娘がいて、
自分と同様、現在はバツイチ状態だ。
実はこの新年会、
送別会になる予定だった。
ミワさんの娘さんが
就職することになり、
家族ごと引っ越す予定だったが、
結局その案はなくなった。
娘さんだけが引っ越し、
彼女はこの近所に
残ることになった。
「ということで、これからも
よろしくお願いいたします」
送別会が、新年会に戻った。
乾杯してしばらくすると、
堀田がいつもの調子で
話を振ってきた。
「みんな健康診断、
ひっかかってない?
オレさ、高脂血症でさ。
母親からの遺伝だとは
思うんだけど」
そう言って、ウエストポーチのような
腹をさすった。
「本当に遺伝なのか?」
食生活を聞くと、
脂肪の多いサラミとか
が好きで、つい食べてしまう
と言っていた。
遺伝じゃないだろ。
高脂血症の薬を飲んでいたが、
テストステロン値が下がるので
止めたらしい。
それ以外にも幹細胞治療の
アンチエイジングにも
興味を示しており、
かつて海外赴任をしていた
マレーシアでやろうかな
と言っていた。
「テストステロンを維持して、
若返った先に、何があるんだ?」
自分は聞いた。
奴は昔から、
若い子好きだった。
「若い子…それが目的か?
もういいだろ、年齢的に。
まだ行けるのでは?
と思っているのは、
おっさん側の論理だ。
女性は冷ややかに見ている」
と、からかった。
酒が進むにつれ、話題は
「60歳になったら何をしたいか」
という未来の話になった。
堀田は
「家族に内緒で100万円をおろし、
マレーシアで豪遊する!」
と息巻いた。
マレーシアは
奴が海外赴任していた場所だ。
「元現地部下がいるのか?
お前の言うことは裏がありそうで、
まっすぐに聞けないな」
自分は少し目を細めて
彼を見た。
鉄道オタクの堺は
「まだ見れていない
全国の車両を見に行く」
そう言うと、長いうんちくを
述べ始めた。
自分はといえば、
特に何も浮かばなかった。
堀田は外資系の会社にいて、
プライベートでもよく海外に行く。
会話の中で出てくる距離感が、
最初から国内じゃない。
そんな海外を飛び回る
生活を送る彼から、ふと職場の
派遣社員の女性の話が出た。
「うちの派遣さんがさ、
『奨学金の借金を返したら、
会員になって、毎月ジムに
いけるようになるのが私の夢です』
って、言うんだよ。
それって、どうよ?」
別に悪意があったわけでは
ないだろうが、経済的余裕のある
彼から見れば、その夢はあまりにも
「小さく」映ったんだろう。
しかしそれを聞いて、ミワさんは、
すかさず言葉を挟んだ。
「幸せを感じるのに、
大きい小さいはないですよ。
今の私たちは、ある程度高いものや
美味しいものを買ったり
食べたりできて、好きな場所へも、
時間さえあれば行けるけど、
でも、全部満たされて、
さらに大きな事しか、
幸せを感じられなくなったら、
そっちの方が、不幸じゃないですか?」
彼女は笑いながら言った。
堀田の言葉の“角”を、
別の価値観で包み直す
言い方だった。
でも自分は、容赦なく奴を
つぶしにかかった。
「自分たちは上の世代ほどではないけど、
物質的なものを手にすることを
幸せにしていた部分もあった。
ブランドとかも。
でも今の若い人たちは、
コスパを重要視している。
自分たちの時代は、
たとえ就職氷河期が来ても、
必ず賃金は上がるという希望があった。
でも今の若い人たちは、
将来への不透明感や
賃金上昇への期待値の低さを
肌で感じている。
だからうちらみたいに、
ブランド、ゴルフ、旅行、グルメ、
そんなたくさんのことに
金は割けず、1点集中で推すものに
捧げることになったんだろう。
それはアニメかもしれないし、
ゲームかもしれないし」
堀田は「そっか~」と言葉を返した。
17時に始まった飲み会も、
気づけば22時を回っていた。
閉店を告げられ、我々は
飲みかけのグラスを空けた。
「年末の同期会で約束していた、
バーベキューの日程を決めようよ。
それと起業した先輩と
会えるような段取りも整えてよ」
バーベキューなんて発想、
いかにも昔の世代って感じだ。
自分で言っていて、そう思った。
「私の方からも連絡しますね」
その先輩は、ミワさんにとっては、
転職後の会社の上司でもあった。
店の外に出たら、
夜の空気が冷たかった。
金曜日の同級生会を思い出す。
あちらはあちらで楽しい。
でも、どこか「合わせている感じ」
がする。本音を話すようなことが
減った気がする。
近所会は楽でいい。
豪遊の妄想があって、
鉄道のうんちくがあって、
健康診断の小競り合いがあって、
派遣さんの夢をきっかけに、
幸せの話ができる。
普段孤独な時間が多い、
自分にとって、こうやって
みんなと会えること。
それが一番の幸せなのかもしれない。
ありがとう。