「みなさんにはご心配をおかけしました」
部長会の最後に、本部長が口を開いた。
それは謝罪ではなく、
これから真実を話しますよ、
とでもいうような前置きだった。
会議の一週間前、
A部署のFくん(主任)が、
本部長(執行役員)に怒鳴られていた。
本部長は日頃からFくんを、
できない奴として嫌っており、
自分の膝元であるA部署から
追い出したかった。
その日、A部署のB部長
(4月にB部署から異動)も
グループ長も、出張やリモートワークで
不在で、A部署で出社していたのは、
非管理職だけだった。
それを知っていたかのように、
本部長はFくんの所に直接現れ、
昼前から説教を始め、
昼休みにまで食い込んだ。
その一部始終を、出社していた
自分を含むB部署のメンバーが見ていた。
執行役員が、主任という
役職差のある者を一方的に叱りつける。
これまでの会社人生で、
そんな場面は見たことがなかった。
しかも別室ではなく、
本部の人間がいる前で
堂々と怒鳴っていたのだ。
昼休み、Fくんはパニックに
なったように、その感情を
どう処理していいか
わからないように見えた。
そのとき、F君の脇を通った、
同じA部署のIくんの足が
彼の机に当たり、立ててあった本が
床に落ちた。それがトリガーになり、
Fくんは異常なキレ方をして、
見ていた者を驚かせた。
翌日、自分はB部長をはじめ、
本部直下のK部長と次長に、
目撃した一部始終を伝えた。
B部長は、
「指揮系統が違う。
まずは自分に言うべきだ」
と、自分の前で憤っていた。
次長は前本部長に連絡を入れ、
K部長は前本部長に直接会って話をした。
おそらく前本部長から現本部長へ、
注意が入ったはずだ。
そう思っていたが、
部長会は意外な方向でまとめられた。
「みなさんには本当にご心配を
おかけいたしました」
本部長はそう言い、反省の弁を
述べ始めるかと思ったが、
「僕はね、Fくんとよく話すんですよ。
僕は彼と話すのが好きでね。
この間は少し強い口調があったかも
しれないけど、彼とはうまくやっていて、
理解し合っているんですよ」
その弁明に驚いた。
部長会の出席者で、
あの光景を直接見たのは
自分だけだった。
本部長がそう言った後、
B部長が追加の情報を入れた。
「その件でFくんと面談をしました。
一連の事に
『本部長は関係ありません』
と言っていました。
聞くところによると、日頃から
Iくんが彼の脇を通るときに
机にぶつかっていたそうで、
それが積もり積もって、
少し怒ってしまったみたいです」
ええ?
指揮系統はどうしたんだ?
あれだけ怒っていたじゃないか。
そもそもFくんだって、部長に聞かれて
『本部長のせいです』
なんて言えるわけがない。
「なので、ストレスを溜めないようにね、
と彼には言っておきました」
B部長は、本部長の援護に回った。
その証言を聞いて本部長は、
「私が昼休みにその場にいたら、
駆け寄って『大丈夫かい?』って
なだめることができたんだけどね。
とにかく、みなさんには
本当にご心配をおかけしました。
誤解されないように気をつけないと
いけませんね」
と締めくくった。
結局、自分のせいではない。
悪いのはIくんだった、
ということにされてしまった。
部長会の後、自分はIくんのところへ行き、
一部始終を話した。
「濡れ衣ですよ!
僕は一度も机になんて
当たってないですし、
そもそも何回も当たっていたなら、
なんでそのときに言わないで、
どうしてこの間だけキレたんですか?」
目撃した者から見れば、
本部長の叱責との因果関係は
明らかだった。
部長会が終わると、本部長は
再びFくんのところへやって来た。
誤解されないように、と
さっき言ったばかりじゃないか。
その日は、たくさんの人が出社していた。
本部長はFくんに笑顔で話しかけ、
笑ってみせたりしていた。
いかにも自分たちは
気心の知れた間柄だと、
見せつけるかのように。
コンプライアンス課になんて
連絡させない。
この会社での自分の地位は不動だ。
そう言っているようだった。
B部長は、その光景に目もやらず、
何も言わずに自席で
業務を続けていた。
K部長と次長は
会議で席を外していた。
事情を知る者の中で、
この茶番劇を見ていたのは
自分だけだった。
権力に執着している奴には、
かなわない。
もう考えるのはやめよう。
シルバーウィークなんだから。
しっかり休もう。