経営企画部への報告の後、
本部長に呼ばれた。
「A子さんが鬱っぽいらしいと
言われたんだけど」
A子さんはうちの部署と
A部署を兼任している
グループ長だ。
元々A部署にいたが、
本部長がお気に入りの
エルサ(40代女性、元同グループ)を
A部署に据えるために、
今自分のいるB部署へA子さんを
異動させようとしていた。
ところが本部長自身が、
ある生産部門の会議で
異動のことを口を滑らせたため、
A子さんが知る前に生産部門に
広がってしまった。
ある時生産のメンバーが
A子さんに
「異動するんだって?」
と直接訊いたため、
何も聞かされていない
A子さんは大きく動揺した。
この事を知った本部長は
「生産部門の奴は
口が軽い!」
と自分の事を棚に上げて
怒っていた。
ただA子さんは精神的な
苦痛を受け、コンプラ案件に
なりそうだったため、
自分とB部長にどうすればいいのか
相談してきた。
半年遅らせたらどうですかと
B部長が提案してきたが、
エルサをA部署のグループ長に
させたかったため、本部長は
それはできないと却下した。
あきれ返った自分は、
仕方なく
「兼任ですね。
そうすれば異動のことも
単にサポートでB部署に
行くと言うことになりますから。
それにA部署にもA子さんは
まだ未練があるでしょうから」
本部長はすぐに自分の案を
採用して、そのまま4月から
兼任となった。
ただA子さんはB部署の
グループ長となったため、
兼任が解けて、A部署に戻っても
エルサがいるため、
グループ長にはなれず、
降格人事になってしまう。
そこは本部長は戻れないように
手を打っていた。
自分は業務量が多くなるのは
予想ができていたが、A子さんは
関連施設閉鎖後に来たB男が
あまりにも仕事ができないため、
かなりの部分を引き受けてしまった。
たしかにA部署とB部署の
出張が交互に重なり、
7月は毎週出張となったのは
さすがにまずいと思った。
そんなこともあり、
もしかしたら業務過多で
鬱っぽくなったのかとも
考えてしまった。
「とにかく倒れられたりしたら、
大変なので、10月には早急に
兼任を解いて業務を減らした方が
いいかもしれない」
本部長はそう言った。
「すいませんが、誰が
鬱っぽいと言ったのですか?」
「A老さんだ」
A老とは元A部署の部長で
プライドが高く性格も
高飛車だったため、
生産部門からクレームが来ており、
業務に支障が出てきたため、
定年と同時に部長延長が
されなかった。
てっきり辞めるかと思ったが、
結局再雇用として残り、
今もA部署のサポートと言いながら、
裏で権限を握っている。
A部署の後釜で入ったB部長は
A老には何も言えず、
指揮系統がぐちゃぐちゃになっていた。
本部長はB部長に
「ガツンと言ってやればいいんだよ!」
と言っていたが、ぐちゃぐちゃにした
本人はあなたなんだから、
そこをやるのはB部長じゃないだろうと
いつも思っていた。
ただ本部長はA老とのOne on One面談
になると何も言えなくなるため、
そこをA老にうまく利用されて
何も変えられていなかった。
兼任になってから、自分は
A老を呼び出したことがあった。
「あなたはもうポジション的に
A子さんに指示や管理はできないので
手足のように使うのはやめてください。
再雇用になったのですから、
そこのところは頭を切り替えてください」
と言ったところ、貧乏ゆすりが
激しくなり、激高した。
すぐにA老はミーティングルームを
出て、B部長のところに向かった。
彼は、前職もこの会社でも
ずっと部長でいたため、
こんなにストレートに
言われたことが無かったんだろう。
自分は前職の時に、
自分の上司だった人も含め
再雇用者を部下に持つことが
よくあったため、頭の切り替えが
できない人にはストレートに
言っていた。
「B部長!A子さんは、僕が指示を出して
いいんだよね!」
A老はB部長にそう言った。
B部長は強く言えなかったため、
承諾してしまった。
本部長から言われた3日後、
A子さんと中間面談を行った。
「では進捗を説明しますね」
「いや、進捗は目標管理をみたから
いいよ。それよりも今日は
伺いたいことがあります」
「何でしょう」
A子さんは少しあっけにとられていた。
「本部長を通して、
A子さんが鬱状態にあるのではと
言われました」
「本部長がですか?」
「いや、正確には本部長は
A老さんから言われたと」
出所を聞いた途端、
A子さんはすべてを理解した。
「やはり兼任の業務負担が
原因でしょうか、それでしたら...」
「いえ、違います」
そう言われ、自分は困惑した。
「違うんです。鬱というか
憂鬱で、それは業務量ではなく、
A老さんの件で」
どういう事だ?理解ができなかった。
「ちょっと個人的に、もう限界で」
「上司でもないのに、いろいろと
指示が出て、ダメ出しとかも
結構あったんですか」
「そうですね。もうちょっとしんどくて
だから距離を置いたんです。
かかわろうとしないように」
自分はすべてを理解した。
つまり、未だに上司面して、
手足のように使うだけでなく、
ネチネチといろんなことを
言ってきたんだろう。
A老は距離を置かれて、
口を利かれなくなったため、
兼任が原因で鬱っぽくなったんだろうと
勘違いしたのだ。
A老はまさか自分が原因であるとは
気づかなかったんだろう。
元々高飛車のタイプの人間なので、
人の感情や気持ちを
汲み取ることができず、
自分以外のところに
原因を置いたのだ。
「そうなんですか、実際兼任は
しんどくないですか?
出張も連続になってしまったし」
「大丈夫です。
兼任は問題がないです。
A老さんの件があったので、
そちらのせいです。
心配をおかけして
すいませんでした」
女性の場合よくある事だ。
自分も前グループでは
エルサと険悪になる事が
よくあり、分かり易い
距離の取られ方をされた。
「兼任はどうしよう、
体調が悪いのでなければ、
10月以降もこのままの方が
いいですか?」
A子さんは少し黙ってしまった。
まだA部署の業務にも未練が
あるのだろう。
「じゃあ延ばしましょうかね。
本部長には言っておきます」
「すいません。まだA部署が
安定していないので」
本部長がA部署をかきまわしたため、
ぐちゃぐちゃになっていることは
外から見ても明らかだった。
たとえば、エルサがグループ長に
なったため、もう1人のグループ長A男も
グループを変えられたことを
不本意に思っていた。
A子さんの元部下たちも
A老にタイプが似ている
A男とは反りが合わず、
険悪が続いている。
しかしA老は、自分が原因だとは
思わないんだろうな。
悲しきモンスターだな。