盲導犬アスターと もりのさんの物語
アスターが残してくれたもの
ノモンハン事件は、日本軍とソ連軍が衝突した1939年の出来事です。戦車や航空機を駆使するソ連軍に対し、日本軍は火炎瓶で応戦するなど、準備不足のまま戦闘に突入しました。上層部の判断が無茶だとわかっていても、命令には従わなければならない歴史を振り返ると、今もなお変わらぬ構造があるように思えます。
そんな過酷な戦場で、一人の若き兵士もりのさんは決死の覚悟で、迫り来る戦車に地雷を投げ込み、仲間の命を救いました。しかし、自らも爆風に巻き込まれ重傷を負い、視力を失うことになります。重傷患者として運ばれた第一陸軍病院でもりのさんは、盲導犬アスターと出会います。
アスターはドイツから日本にやってきた4頭の盲導犬のうちの1頭。もりのさんは治療を続けながら、アスターとともに社会復帰を目指しました。
先発のリタとポドは日本シェパード犬協会のありかわさんによって訓練されましたが、後発のアスターとルティは陸軍病院嘱託訓練士のうすいさんが担当したようです。先発は日本家屋での実験的訓練が中心でしたが後発になると社会復帰の訓練と、内容も実践的なものへと変わってきたようです。
もりのさんとお茶目で愛らしいアスターとの絆は深まり、二人は仲のよいコンビだったようです。
故郷の九州の小倉に帰還したもりのさんは23歳でした。長身で整った顔立ちにダンディーなスーツ姿、山高帽にサングラスをかけた彼がキュートな盲導犬とともに歩く姿は、きっと人々の印象に残ったことでしょう。
彼は元の職場の造兵廠に復帰し、アスターもそこに犬小屋を作ってもらって、特別な存在として迎えられました。
やがて彼は結婚し、新たな生活を築きます。最初は大きな犬に戸惑っていた奥さんに、しっぽを振って近寄ったのは人懐っこいアスターでした。
しかし、戦争の傷はもりのさんの体に深く刻まれていました。後遺症により入退院をするようになると、ついに仕事を辞めて家でタバコ屋を営むことにしました。そして、戦局の悪化とともに家族は疎開を余儀なくするのです。
終戦後の混乱の中、食糧不足でもありましたがもりのさんたちは実家に戻り、そしてアスターはもりのさんのそばに寄り添い続けました。そんなある日、見知らぬ人物が「アスターを譲ってほしい」と申し出ます。当然ながらもりのさんは断りました。しかし、それから間もなく、アスターは忽然と姿を消してしまうのです。
新聞に掲載したりと必死の捜索もむなしく、アスターは戻ってきませんでした。
戦火を生き抜いたもりのさんと、時には恋人同士のような仲の良さで、共に歩んできたアスター。その最後は謎に包まれたままです。
