ディズニーは何がなんでも『ナルニア国物語』の映像化第一弾を
大ヒットさせたかったようだ。
なぜなら、欧米では『指輪物語』と並び、1950年~56年にかけて
計7巻発売された最も有名な児童向けファンタジー(挿絵が挿入
された小説)の古典を「完全映画化」と謳っておいて、しかも、
タイトルに「第一章」と銘打ってしまったからには、「それほど
ヒットしなかったから」「評判がイマイチだったから」といって、
途中でカンタンに止めるわけにはいかないからネ(笑)。
ディズニーの冠にキズがつくばかりか、それじゃあまりにカッコ
悪い。というわけで、ライバルのドリームワークス最大のヒット
作を放った『シュレック』シリーズのアンドリュー・アダムソンを
監督に起用するなど、なりふり構わぬ気合の入れようで、もう
そこにはディズニーのプライドもヘッタクレもない。結果は……
2005年12月9日に全米公開、ファンタジー映画ブームを巻き
起こした『ハリー・ポッター』シリーズの最新作から3週遅れで
初登場1位を記録、トータル興収も3ヵ月以上かけて抜き去り、
全米歴代トータル興収23位の約2億9200万ドルを稼ぐ大ヒット
となった。ちなみに、24位は『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』、
25位が『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(いずれも、全米興収
トータル2億9000万ドル台)で、興行的には一応、これら大ヒット
シリーズと肩を並べる形で、日本でも2006年3月4日公開以来、
1ヵ月以上にわたり興行成績のトップを独走、約1ヵ月半で興収
トータル60億円を超えて、万々歳!……と言いたいところ
だろうが、果たして本当にそうだろうか?
実際、『ハリー・ポッター』と『ロード・オブ・ザ・リング』の1作目
は、全米興収で3億ドルを超えており、『スター・ウォーズ/
エピソード1』は4億ドル以上。日本でも、これら大ヒット作の
興収は軒並み100億円を突破しており、やや見劣りする
成績、と見ることもできる。
しかし問題は、数字の差よりも、「続きが早く観たい!」という
4月以降の宣伝文句に「?」を100 個ぐらい付けたい人が少なく
なかった、という点だ。いくら、なりふり構わぬ大ヒット狙い、
とは言っても、「続きが早く観たい!」は詐欺まがいスレスレの
誇大広告?…とさえ感じた。事実、「続きが早く観たい」なんて
コレっぽっちも思わなかったし……。
最初、主人公の兄弟姉妹4人が第二次大戦中のロンドンから疎開
した先の屋敷で、ナルニア国への入口となっている衣装ダンスを
発見するまでの展開が、予想以上にトントンといい調子だったの
で、「これは面白くなりそうだぞ…」と思って見ていたのだが、
その後の物語を見ていくにつれて、だんだんオープニングのいい
調子の描写がちっとも後半の展開に生かされていないなあ……
ということ気づかされいく。子供向けのキャラクター(英語を喋る
動物たち)はいいとしても、物語自体に引き込まれなかったのが
最大の難点だ。主人公の子供たちをヒーローに仕立て上げておき
ながら、そこには映画的な必然性がまったく感じられない。縁も
ゆかりもないナルニア国の戦争に、なんで主人公の子供たちが
命のリスクも省みず加わるのか、そのモチベーションが弱いから、
あんまり応援する気にもなれないし、現実世界に帰れなくなる、
という類の緊張感もない。そんなことを子供向けのファンタジーに
求めちゃいけないのかもしれないが、緊張感のない戦闘シーン
ほど盛り上がらない見せ場はない。だから、「どうぞ、ご自由に
ヒーローごっこをやってな」っていう気分にさせられてしまう。
結局、大人向けには作られてないんだな……と思ってはみたものの、
2時間12分という長さは、決して子供向けとも言い切れない。
やはり、どっちつかずな印象は拭いきれない。この後、
どうなる??……っていう終わり方でもなかったし、
それなのに「続きが早く観たい!」なんて誰が思う?
……多分、それは原作のファンの感想なんだろう。
実はこの映画、欧米の観客の評価は予想外に高い。どうしてなんだ、
と不思議だった。彼らのレベルが低いから?……いや、おそらく原作
の浸透度合いが日本と違うからなんだ、というのが結論だ。確かに、
C・S・ルイスの原作本は、この一年で過去50年の日本での発行部数
を上回ったほど一気にブレイクした感じで、日本人にとっては決して
メジャーな本ではなかった。私も恥ずかしながら、この映画の宣伝を
観るまで、この本の存在すら知らなかった。そして、数少ない日本の
原作ファンの感想を聞くと概ね評価が高い。「よくぞ、ここまで映像化
してくれた」という印象なのだ。映画を観た後、原作本を読んで、
そのことに気づいた。
例えば、冒頭のいいテンポの描写は、原作にはない。小説の中では
最初の1~2ページ目で衣装ダンスが発見されるところから始まる
(主人公の兄弟姉妹は、空襲で田舎に疎開してきた、と説明がある
だけで、最初から屋敷の中にいて、それ以前の描写はない。つまり
冒頭のシークエンスは映画のオリジナルなのだ。そこが後半の展開
に生かされない、などと原作を読んでいたら考えもしなかったろう)
……というように、映画の描写の方が原作よりも詳しい。その印象
の差は大きい。私のように、映画で初めて本作に触れた大人たちの
感想は惨憺たるものだが、原作を読んでいる人には「評価が高い」
という稀な例のような気もする。
普通、原作ファンは自分の勝手なイメージと映画の印象の差に
多かれ少なかれ違和感を覚え、必然的に映画の方の印象が
悪くなってしまうことが多いからだ。だから、基本的には映画を
観る前に、あえて原作は読まないようにしている。
それにしても、今から『第2章』以降が不安だ。原作では、最初に
発売された『ライオンと魔女』が、ナルニアの歴史時間軸でいうと
2番目の話で、2番目に発売された『カスピアン王子のつのぶえ』
が、4番目の話になる。おそらく、これが第2章ということになる
のだろうけど、時代的には『ライオンと魔女』の百年後の物語で、
実は間に4人の兄弟姉妹が王として統治する時代の話『馬と少年』
(発売順では5番目)が存在する。そこで、この物語を発売順に
『第5章』として映画化した場合、彼らはもうすっかり大人に
なっている可能性が高いわけで……それで大丈夫なのかな?
『ハリー・ポッター』もそうだけど、十代の子供の成長は早いからね、
それで時代が前後する『ナルニア国物語』の原作を発売の順に
映画化しようと思ったら、大急ぎで撮影しないと違和感が出ちゃう
んじゃないだろうか、なんて余計な(?)心配もしたくなる。
いずれにしても、第2章は1作目で最も目立ってた「氷の女王」
(『ザ・ビーチ』でデカプリを食っちゃうティルダ・スウィントン)が
出てこないし、英語を喋るライオン「アスラン」が中心になって
ナルニアの起源が描かれる最初の話『魔術師のおい』(発売順で
は6番目)に戻るとも思えないし、キャラクターがあまり立っている
とは言えない兄弟姉妹4人が再び主人公になるであろう『第2章』
の出来が、どんどん不安になってくる……と思わない?
実は、既に7巻ものを3章で完結させる、という噂も流れており、
一方で原作ファンは4番目に発売された『銀のいす』(時間軸では
6番目)が最も面白い、とも話しているし、一体どうなることやら……
やっぱり、この映画に関しては例外的に原作を読んでから観る方が
楽しめるみたいだ。本を読む気がない人には、総合評価★★★
……がいいとこ。原作は、挿絵入りで200 頁程度。すぐ読めるし、
続きが早く観たくなるかもヨ!
C.S.ルイス, ポーリン・ベインズ, 瀬田 貞二
ライオンと魔女 C.S.ルイス, ポーリン・ベインズ, 瀬田 貞次
カスピアン王子のつのぶえ C.S.ルイス, ポーリン・ベインズ, 瀬田 貞次
朝びらき丸 東の海へ C.S.ルイス, ポーリン・ベインズ, 瀬田 貞次
銀のいす C.S.ルイス, ポーリン・ベインズ, 瀬田 貞次
馬と少年 C.S.ルイス, ポーリン・ベインズ, 瀬田 貞次
魔術師のおい C.S.ルイス, ポーリン・ベインズ, 瀬田 貞次
さいごの戦い