ハッピーフライト | 愛すべき映画たちのメソッド☆

愛すべき映画たちのメソッド☆

映画感想家・心理カウンセラー・芸術家のNatsukiです☆

『映画にどんなに素晴らしいメッセージが含まれていようと
「娯楽性」がなければ作品としては失敗だ』/レオナルド・ディカプリオ




「飛行機が落ちる確率は、たとえ毎日乗ったとしても400年に1回あるか無いかなんです。それに比べたら貴女と彼が65億人の中で出逢えた事のほうが素晴らしい。」




本作は、 アメリカ合衆国ワシントン州シアトルにある「ボーイング社」で、数百人の航空関係者を招きプレミア試写会を行った。

上映中は大きな笑い声が絶えず、上映後の劇場内は一緒に試写を鑑賞していた矢口監督と綾瀬はるかに対するスタンディングオベーションに包まれ、喝采の口笛が鳴り響いた。

その試写を観たボーイング社の社員とその家族、特にボーイング747を開発したジョセフ・F・サター氏から「ハリウッドでもここまで航空業界のディテールを描いた作品はない。」と大絶賛された。

ボーイング民間航空機部門、アジアパシフィック地域コミュニケーションリーダーのスタンレー・A・ディール氏は「とてもユーモアがありながら、サスペンスもあり、飛行機のことを本当によく判って撮っていて感心した。」と語った。

その数々の賛辞の通り、本作は航空業界に関わる全てのスタッフの情熱、そして「仕事」におけるプロフェッショナルのリアリティ、ストレートに「働く人々」のカッコ良さ、それらの努力が一気に結びつくクライマックスに「チームワーク」の素晴らしさも凝縮されている。

いろんな部署のキャラクター達は冒頭では「失敗」の連続でグダグダだが、あるトラブルをきっかけにバラバラの歯車が噛み合うように、それぞれが各分野なりの「プロフェッショナリズム」を発揮し、一つの大きな問題に対処、最後はカタルシスの向こう側のハッピーなラストへ着陸する。

これは、人は「失敗」から多くの事を学び、失敗を重ねる度に「成長」できる、という心強いメッセージだ。

たった一機の飛行機を飛ばすために、パイロット、客室乗務員、グランドスタッフ、管制官、オペレーション・ディレクター、整備士、バードパトロール(鳥と飛行機の接触事故=バードストライクを防止する仕事)・・・など、我々の知らないその他多くの「プロフェッショナル」が、同時進行でたくさん携わっている点にも改めて驚かされる。

長期間に渡り取材を行う『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』『WOOD JOB!
~神去なあなあ日常~』の矢口史靖監督が、本作も2年かけて100人ほどの航空関係者に徹底的にリサーチを行い、日本を舞台にした「グランドホテル形式」の航空パニック群像劇を完成させた。

「伊丹十三」監督の娯楽映画魂を彷彿とさせ、途方も無い量の取材を重ねた努力の結晶だという事をヒシヒシと感じさせる完成度だ。

本作の脚本執筆の為のリサーチは多岐にわたり、シアトルのボーイング社なども訪れたほか、バードストライクの深刻さ、意外にもカジュアルな私服の管制官たち、取捨選択と妥協が要求される整備、機長の権限と責任の大きさ、基本的に中年期まで昇進できないためCAにも見下される副操縦士など・・・、目からウロコの航空業界の内幕が数々調べあげられ脚本へ注ぎ込まれている。

その細部には、機体異常の原因となった計測器「ピトー管」の仕組み、空港にいる飛行機研究会の飛行機オタクトリオ、エアバンド=航空無線(管制官とパイロットとの無線)を傍受しながら沿岸で飛行機を撮影している人たち、出発前のCAによる打ち合わせ=プリブリーフィングの緊張感、機内のファースト・パーサー、エコノミー・パーサー、ビジネス・パーサーなどの奮闘、機長がコックピットを離れる際、万が一に備えて副操縦士が酸素マスクを着用する・・・など、数え切れない程の膨大な量の「空港トリビア」が詰まっている。

シートポケットに入っている「安全のしおり(Aircraft safety card)」を上手く使った小さな笑いまで用意されているという、隙の無いサービス精神。

昔の名残りだろうと「パイロット・キャップ」を被る事を怠った副操縦士は機長から指摘される。

パイロット・キャップは、今やコックピットで被る事はまず無いが「外部点検の際にオイルなどから目を守る」や「機体外部の細かな突起物から頭を保護する」という重要な役目があるからだ。

パイロットは飛行前に必ず搭乗機の外部点検を行うルールがあり、その際、パイロットにとって最も大事な「目」を守るために、点検は必ずツバのある帽子を被って行うようになっている。

CAとグランドスタッフの確執を、飛行機のドアを挟んでの熾烈な縄張り争い=一瞬の空気の変化で浮き彫りにさせる、という台詞に頼らない演出の手際の良さもある。

本作に出演した役者たちもそれぞれプロフェッショナルばかりで、特に時任三郎、寺島しのぶ、田中哲司、田畑智子、岸部一徳らがそれぞれの部署のリーダーを熱演し、群像劇としての推進力を生み出している。

自作のオリジナル脚本の場合、必ず主人公の名字が「鈴木」である矢口作品だが、本作もメインキャストの副操縦士にその名が与えられている。

副操縦士(Co-Pilot)=「コパイ」と陰で呼ばれCA達から低く見られている機長昇格訓練生を演じた田辺誠一のコミカルさ。

その最終路線審査で訓練教官を担当する「機長」を演じた時任三郎の『海猿』を思い出させるプロらしさも安定感抜群で素晴らしい。




「エマージェンシーは俺も初めてだから、どっちが操縦桿を握っても大した違いはない。」




国際線初乗務となる「客室乗務員」を演じた綾瀬はるかのコメディセンスも素晴らしく、そのドジっぷりは『スチュワーデス物語』を軽く超えていて、寺島しのぶ演ずるチーフパーサーと吹石一恵演ずる中堅客室乗務員たちを大いに困らせる。

中でも、オペレーションコントロールセンター(OCC)の「オペレーション・ディレクター」を演じた岸部一徳は特に素晴らしく、昔は凄腕だったらしいが今は頼りない「引退間近の上司」が、いざという時に再びキレっキレになり光り輝くという、社会で働く者として誰もが惚れ惚れする「親父的」なカッコ良さを体現する。

その部下として、全ての便のフライトプランの作成を担当している「ディスパッチャー」を演じた肘井美佳&中村靖日たちの静かな掛け合いも面白い。

「グランドスタッフ」を演じた田畑智子と平岩紙のホッコリ名コンビは、客が飛行機に入るまでと、出てからの混乱を乗り越える奮闘を見せる。

それを監視する鬼の「グランドマネージャー」を演じた田山涼成の「トイレ騒動」場面の手際の良さは、笑いどころ&プロフェッショナルな名場面の一つ。

小さな部品一つ絶対に紛失できない「ライン整備士」を演じた田中哲司たちも、「優先」と「後回し」そして「時間」と「安全」のバランスが非常にシビアな世界での熱い闘いで終始ハラハラさせてくれる。

他にも、コントロールタワーの「管制官」をクールに演じた宮田早苗と江口のりこ、「バードパトロール」を飄々と演じたベンガル、一癖もふた癖もある個性的な「乗客」たちを演じた笹野高史・菅原大吉・正名僕蔵・藤本静・中村映里子・日下部そう、カメオ出演で光る小日向文世・柄本明・木野花・竹中直人たち。

多くのアンサンブルが絡み合い、どの場面も目が離せず、それぞれが忘れ難い印象を残す。

本作の制作発表は、羽田空港にあるANAの格納庫で行われ、「Happy Flight」のロゴ入りボーイング747-400でキャストが登場し、キャストはこの機体にサインを残した。

そして、羽田空港発、関西空港行きの特別便機内で、世界初となる「上空1万メートル試写会」も実施された。

本作は、ANAが撮影に全面協力し、その英断と心意気で本物のジャンボジェット機や空港や格納庫を使用して撮影できた事が大きな勝因となった。

プラス、主要キャスト達は、撮影前に本職のスタッフとまったく同じ講習を受けて撮影に挑んでいる。

そのためにこのリアリティが生まれているのだ。

全面的な協力を惜しまなかったANAは、社内に映画の特別チームを編成し、作品企画時から脚本のブラッシュアップ、撮影時の全面的な協力、衣装の貸与、ロゴマークの使用、撮影現場の立ち会い、社員によるエキストラ参加など多岐にわたって協力を行った。

実際にANA国際線で使用されていたボーイング747-400(機体番号 JA8096)が、日本の航空業界史上初めて撮影目的で15日間無料でレンタルされ、東京国際空港第2旅客ターミナル、関西国際空港、機体整備工場等でも大規模ロケが敢行された。

これら全ては「日本映画史上初」の出来事である。

実機の747にカメラを持ち込み撮影されているため、機内シーンの臨場感やリアルさは群を抜いている。

本作に全面的に協力したANAも含め、本作の登場人物たち=あらゆる分野の「プロフェッショナル」たちは、協力し合い、試行錯誤を重ね、時に間違い、時に感情的になっても決して諦めず、経験と知識を活かして何度も再チャレンジする。

その一人一人の努力が結実し、逆境を乗り越え、最後には成功を収める。

まるで、実話を元にしていた『アポロ13』を思わせる展開に心躍らされる。

「完璧」に思えた事でも、小さな小さな綻びが連鎖して予期せぬ大きな事態を招く場合もある。

だが、多くの「知恵」が合わされば、その事態を乗り越えられる可能性は大きく上がる。

何事も、諦めさえしなければ何度「失敗」しても挽回するチャンスはある。

「失敗」からは、その「対処法」が学べ、失敗した悔しさから「失敗した人の気持ち=他人の気持ち」までもが判るようになる。

「球聖」と称されたゴルフ史に残る伝説のアマチュアゴルファー「ボビー・ジョーンズ」は、「私は勝った試合から学んだ事は何も無いが、負けた試合からは多くの事を学んだ。」という名言を残した。

人は「失敗」から多くの事を学び、失敗を重ねる度にどんどん「成長」できる。

本作は、矢口監督の『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』と同じく、「仕事」の枠を超えた「人生」の応援歌だ。

「機内安全ビデオ」の映像から始まる本作は、エコノミークラス並の気軽さで搭乗できつつ、ファーストクラス並の最上級サービスの数々を受けられる。

そして、充実した103分のフライトの後には、誰もが心地よい「笑顔」で到着ロビーを後にできるだろう。




「ハーブ、天然の岩塩、粗挽き黒胡椒でソテーした白身魚か、ただのビーフ、どちらになさいますか?」