ギッシング「ヘンリ・ライクロフトの私記」から | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「このところ一週間以上も私はペンを放りっぱなしにしていた。まる七日間というもの、私はなにも、それこそ手紙一本書かなかったのだ。一、二回病気にやられたときはともかく、それ以外にはこんなことは自分の生涯では今までにまだ一度もなかったことである。生涯では、といったが、まさしくそれは汗水垂らして必死に生きてゆかなければならなかった生涯であった。人生というものはのびのびと生きんがために生きてこそ人生といえるものだろうが、自分の今までの生涯はそんなものではなく、絶えざる心配にこづきまわされ通してきた生活であった。本来ならば、金を稼ぐということは、目的に対する手段であってこそしかるべきものなのだ。だが、この三十年以上というもの――わたしは十六歳のとき、すでに自活しなければならなかった――わたしは金を稼ぐことをあたかも目的そのもののように考えて生きてこなければならなかったのである。」


「愚かな人間で私ほどの経験の報いを受けたものはほかにはなかろう。その証拠になる傷痕を、私ほど多くもっているものもなかろう。痛手につぐ痛手、一つの痛撃からやっとの思いで立ち直るやいなや、つぎの痛撃に身をさらすようなことをしでかすのだった。・・・・明らかに何かが初めから私には欠けていた。なんらかの程度に、たいていの人々にそなわっているある平衡感覚が私には欠けていたのだ。わたしには知的な頭脳はあったが、それは人生の日常の問題の処理にはなんの役にも立たなかった。」


 琴線にふれることばを書きとめていきたい。