細川護煕「不東庵日常」その2 | さかえの読書日記

さかえの読書日記

琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「数多の読書論のなかでも、洗練された教養人であるカール・ヒルティのものはとくに一読に値する。それが優れているのは、きわめて具体的かつ実践的な読書に関する教訓だからである。ヒルティは次のように言う。」


「近代の教養の最も重要な手段であるこの読書について経験した若干の結果をはっきりまとめてみると、厳密に言って、その際大切なのは、きわめて自明的と言ってもいいような三つの原則だけである。・・・・・たくさん規則的に読むこと、よいものを全部読むようにして、悪いものや全然よけいなものを一つも読まないこと。それからよいものを正しく読んで、それを自分のものにすること。」


「そして、彼はその三つの規則をさらに説明して、第一は、規則的にすなわち毎日例外なく一定の時間、ほんの半時間でもいいから読書をする習慣をはやくつけることである。半時間ならだれでもつごうがつくだろう。これをせめて二十年も続けたら、二十年後にはすでにその人はその国の学識者のひとりとなるだろう。第二の前提条件は、無用のものを一切読まないということである。これが読書のかなめだとさえ言ってよい。さらに、悪いものは絶対読んではならない。悪いものを『研究』すると、人間の持っているよい精神がだんだん死滅してゆく。善悪の認識の木の実を食べてはならないというのは、心理的に大変もっともないましめである。しかし以上のことに対しては、言うまでもなく第三の大条件がひかえているわけである。それは、いっさいのよいものを正しく読み、その上これをたびたびくり返す、ということである。


「ヒルティはこれらの三つの規則を述べながら、読書はひとり静かにすべきであることや読書のための自由な時間の必要性、また計画的に読むことの有効性などにも論及している。そして結論として、読書とその結果としての知識をあまり高く評価してはならず、読書の主眼と読書のもたらす主なめぐみは、知識ではなく行為であることを説いている。江戸時代の儒者である佐藤一斎も『言志録』のなかで似たようなことを言っているが、ヒルティの読書観には私もおおむね同感である。」


 カール・ヒルティ スイスの法律家、歴史家、政治家。