W・S・チャーチル「第二次世界大戦第3巻」から | さかえの読書日記

さかえの読書日記

琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「1941年12月7日、日曜日の夜だった。われわれはみな、眠らずに起きていた。そこへ事の次第を聞いていた執事のソーヤーズが入ってきた、こういった。『本当です。私どもも外で聞きました。日本はアメリカを攻撃したのです。」


「沈黙が流れた。11月11日のマンション・ハウスでの昼食会で、すでに私は、もし日本がアメリカを攻撃したら、『1時間以内に』イギリスは宣戦するであろうといっていた。私は席を立ち、広間を抜けて事務室へ行った。そこはいつでも動いていた。私は大統領を呼び出すように頼んだ。大使も私についてきたが、私が何か取りかえしのつかない措置をとるのではないかと思って、『まず事実を確認しておいた方がよいとは思いませんか?』といった。」


「2,3分でルーズベルト氏が電話に出た。『大統領閣下、日本はどうしたというのですか?』『本当です』と彼は答えた。『日本は真珠湾を攻撃しました。今や我々は同じ船に乗ったわけです』。私はウィナントに電話を渡すと、いくつかのやり取りが行われた。大使ははじめは、『なるほど』『なるほど』といっていたが、それからもっと深刻な様子を見せ、『ああ!』といった。」


「私は再び電話に出て、『これで確かに事は簡単になります。あなたたちに神のご加護を祈ります』と、そんな意味のことをいった。それからわれわれは広間に戻り、突発したこの最大の世界的事件にわれわれの頭を適用させようとした。それは中心近くにいたものでさえ息が止まってしまうほど驚くべき性質の事件であった。私と一緒にいたアメリカの二人の友人は、感服するほど毅然たる態度でその衝撃を受けとめた。合衆国海軍が重大な損害を被ったとわれわれは考えもしなかった。彼らは自分たちの国が参戦したことを悲しみも嘆きもしなかった。彼らは非難や悲しみの言葉を浪費しなかった。実のところ、彼らが長い間苦しみから解放されたかのようにさえ思われたのである。」