井筒俊彦「イスラーム生誕」その2 | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「ムハンマドの目から見ればキリストの神性にせよ三位一体にせよ、神の唯一性を蹂躙し、純正な唯一神教をあえて多神教に堕落させることにほかならない。『神は三位のうちの一位なりと称する人々あり。彼らは異端者なり。いな、神は唯一にして他に神はなし。もし彼ら異端者どもにしてかかる主張をすみやかに止めざるときは、痛き神罰やがて彼らに下さるべし。・・・・マリアの子メシアはたんに一個の使徒にして、彼に先立つもろもろの使徒といささかも異なるところなし。また彼の母もその性まことに直なる一婦人にて、彼ら母子ともに食物を食らう(通常の人間)なり。見よ、かくのごとく我ら徴を明らかに解きあかせども、見よ、彼らは背き行く』(コーラン第5章76-79節)。もっともムハンマドは三位一体を神とイエスと聖母マリアによって構成されているものと誤解していたのだから、今日から見ると話はいささか妙なことになるが、三位一体を構成するものが何であっても、いずれにせよ唯一なるべき神の内に三という数を持ち込むことは彼には我慢できなかった。こうしてキリスト教とイスラームとは、そもそもの発端から不倶戴天の仇敵となった。しかもこの敵対関係は時とともにますます緊迫の度を加えて行ったのだった。」


 ついつい「イスラム国」が頭に浮かんでくる。