Journalism(反知性主義に抗うために)その3 | さかえの読書日記

さかえの読書日記

琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「勤務中、手が空いているときはいつも静かに本を読んでいるモスクワ支局から戻ってきた先輩がいた。『Eさん、何を読んでいるのですか』怖そうな先輩にあるとき、思いきってたずねた。『キッシンジャーの回想録だよ』と表紙を見せてくれた。『面白いですか?』『面白いね。俺がモスクワ支局にいた時、米国の首脳らはこんなことを考えていたのか、とね。特派員に出る前の外信部時代は勉強の時間だから、君もせいぜい政治家の回想録を読んでおくといいよ』外信部の仕事の閉塞感を少しでも打ち破るきっかけになればと、この助言に私は従った。」


「何冊目だったろう。目の前の霧がスーッと晴れていくような思いを味わった。その時、読んでいたのはウィストン・S・チャーチルの『第二次世界大戦』だった。この本を通して私は国際政治ジャーナリストとしてのイロハに開眼させられた。」


「何を学んだかというと、一つは政治家の思考方法、論理を知ることの大切さだ。政治指導者たちの思考論理と行動様式は、当然のことながら一般の人とは異なる。国の安全と国民の生命財産に責任を負う立場にあって、多数の利益のためには時に個人の利益を犠牲にせざるを得ないこともあるからだ。ジャーナリストは為政者を批判する。しかし、この批判も政治家の思考様式と論理を押えたうえでなされるべきなのだ、と回想録を読みながら思い至った。最終的に批判するにせよ、まずは為政者と同じ土俵に乗り、政治家の論理を押えたうえでの批判でなければ、為政者にとって痛くも痒くもない。『それは素人の考えだよ』と腹の中で笑われるだけである。回想録を読むことの意味の一つは、政治家のこの思考回路を知ることなのだ。」


「回想録から学んだ二つ目は政治とは善か悪かではなく、相対価値の選択の問題であるということである。私のような社会部でやってきた人間は、ものごとを善か悪か、可哀そうだ、こんなひどいことが許されるのか、といった視点で見がちになる。しかし、政治とはまずもって相対価値の選択であって、善悪といった絶対価値、過度の感情移入や情緒的なメガネを通して判断するとものごとの本質を読み誤る。政治と政治家の論理を学ぶには多くの政治指導者の回想録を読むといい。その中でも外信部に来た新人や特派員に出る若い人に、私がまずもってこの『第二次世界大戦』を薦めるのは、これが今日の国際政治の起点を学ぶ格好の教科書でもあるからだ。」


 毎日新聞客員編集委員西川恵の文章から抜粋