塩野七生「ローマ人の物語14(キリストの勝利)」その4 | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「改革が難しいのは、既得権層はそれをやられては損になることがすぐにわかるので激しく反対するが、改革で利益を得るはずの被既得権層も、何分新しいこととて何がどう得するのかがわからず、今のところ支持しないで様子を見るか、支持したとしても生ぬるい支持しか与えないからである。だから、まるで眼つぶしでもあるかのように、早々に改革を、しかも次々と打ち出すのは、何よりもまず既得権層の反対を押さえこむためなのだ。皇帝になったユリアヌスが選んだのがこの第二の道であったのにも、この辺りの事情への配慮のゆえではなかったかと思われる。」


「哲学を好んだユリアヌスに、権力欲は無縁であったというたぐいのことを熱心に議論する人が少なくないが、それは意味がないと思う。二十歳まで強いられていた幽閉生活は、彼に権力がなかったからであり、その後の一学徒としての四年間も、皇帝コンスタンティヌスの気持ちしだいで、いつ首を斬られるかわからない日々であったのだ。副帝になって以後も、正帝の命ずる無理難題をかいくぐるようにしながら、職務を果たしてきた五年間である。このユリアヌスに、権力の持つ真の意味がわからなかったはずはなかった。」


「権力とは、他者をも自分の考えに沿って動かすことのできる力であって、多くの人間が共生する社会では、アナルキア(無秩序)に陥ちたくなければ不可欠な要素である。ゆえに問題は、よく行使されたか、それとも悪く行使されたか、でしかない。三十歳で皇帝になった、つまり権力をもったユリアヌスは、権力をネガティヴなものとして排除するのではなく、よい方向に積極的に活用する考えであったと信ずる。そしてこの考えは、ギリシア哲学の教えに反することではなかったのだった。」