「この『虞美人草』を書きかけている最中、総理大臣の西園寺さんが、有名な文士を招じて、一夕の雅宴を開くという例の雨声会の招待が夏目のところにも参りました。こんなことはめんどうくさいほうの夏目は、すぐにはがきにお断りの句を書きました。それは、
時鳥厠半ばに出かねたり
というのですが、ちょうどそれを書いているところに、私の妹婿の鈴木が参りまして、それを見て、相手が西園寺侯ではあり、はがきとはあまりひどいじゃないかとか何とか言っておりましたが、本人はいっこう平気なもので、ナーニこれで用が足りるんだからたくさんだよとかなんとか申して、それを投函してしまいました。」
「あとでこれを何とかんとか世間では噂して、ある人は痛快だと言い、ある人はすねているとか言っていたようですが、夏目にしてみれば、時の宰相に招ばれたからと言って、それをいっぱし名誉か何かのように心得ている方々がおもしろくもなかったではありましょうか、何はともあれ第一番にめんどうくさかったに違いありますまい。」