「思い出」その7 | さかえの読書日記

さかえの読書日記

琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「岩波さんが書店の商売をお始めになったのがこのころであったでありましょう。近ごろでこそ岩波書店も押しも押されもせぬ堂々たる天下の大出版社でありますが、この創業当時は、そう申し上げては失礼ですが、まあまあ微々たるものでした。それで時々お金の融通を私どものところへ頼みにいらっしゃいました。」


「ある時岩波さんが夏目のところへお見えになって、何とかお話になっております。と、夏目が私を書斎に呼びまして、いきなり株券を三千円ばかり持ってきて岩波へ貸してやれと、藪から棒にこういうのです。何が何だかいっこうに様子がわからないので、いったいどういうわけで株券をご用立てするのですかと尋ねますと、いや、話はわかっているんでとめんどうくさがっておりますから、それではいけません、よく伺った上でなくてはと尋ねますので、そこで事情を言ってくれました。」


「事情というのは、その頃岩波さんがどこか大きな図書館あたりの注文を一手に引き受けて、書物をたくさん取り揃えてお納めになる、そうするとそれについて相当の利益があるという確実な商売の口があるのですが、さて大事なお金がない。そこでこういう確かな、まちがいっこない商売なんだから、そのためにどうか三千円ばかりしばらくの間貸してくれないかというお話なのです。そこで仕事は確かだから貸してやってもいいが、家には現金がないから、そんなら少しばかりある株券を貸せるから、それを銀行で担保にして資金を調達したらいいだろうとこういうのでした。」


 へぇ、あの岩波書店がね、という感じ