庄司薫「十年ののち」から | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「『60の会』というのは、名前の示す通り、1960年前後に東大法学部で丸山真男教授の教えを受けた学生たちがつくった小さな会で、卒業後もずっと定期的に丸山先生を囲んでしゃべる会を開くと同時に、『60』という小さなタイプ印刷の機関誌を出してきた。そしてぼくは、ついさっき「十年ぶりに小説を書いた」といったのは実は嘘で、それより3年前の1966年に、この「60」という雑誌に十枚ほどの短い小説を発表したことがあったのだ。その小説は、『赤頭巾ちゃん気をつけて』の最後の章の原型ともいうべきもので、本屋の店先でちっちゃな女の子に生爪をはがしたばかりの足先をふんづけられる話だった。そして、要するにこの短編は、『60の会』でえらく評判が良かった。ぼくは嬉しかった。そしてぼくは、再び小説を書こうとした時、なによりもまずこの短編のことを思い出したのだった。ぼくがその「総退却」のなかで書いた唯一の小説である十枚の短編、そしてそれを読んでえらく喜んでくれた『60の会』のメンバーの顔を(『狼なんかこわくない』中央公論社、81年)。


 河出書房新社『丸山眞男』という雑誌に掲載されていた庄司薫の小文から抜粋