丸山眞男「政治的判断」から | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「政治というものはご承知のように、結果によっては人間の物理的な生命をも左右するだけの力をもっております。つまり、状況認識を誤った結果、誤った政策をたてることによって、何百万、何千万の人間の命が失われるということは、われわれがつい最近において経験していることです。そういう意味で、多くの人間の物理的生命をも左右する力をもつ、ということにおいて、政治的な責任というものは徹頭徹尾結果責任であります。行動の意図・動機にかかわらず、その結果に対して責任を負わなければならないというのが政治行動の特色です。政治が結果責任であることから、冷徹な認識というものは、それ自身が政治的な次元での道徳になるわけであります。」


「イギリスのことわざに、『われわれは道徳堅固でトラファルガーの海戦に負けるネルソンをもつよりは、ハミルトン夫人と姦通しても、トラファルガーの海戦で勝つ将軍をもつほうが幸福である。』というのがあります。ネルソンはハミルトン夫人との情事をもって名を高くした人であります。ヴィクトリア時代のイギリス人は非常に道徳的な事柄についてやかましかった。そういう意味で多くの非難はしております。その事件だけを批判すれば決していいことではない、それは悪いに決まっています。しかしながら、一定の政治的な状況というものをとれば、確かにそのイギリスのことわざにあるように、非常の道徳堅固であっても、トラファルガーの海戦に負けては、それはイギリス人に大きな害毒をもたらした無能な将軍であった、という結論はまぬがれないわけです。そういう一つの冷厳な結果責任というものが政治にはあるということです。」


 丸山が信濃教育会の講演で語った記録から抜粋