「天才の秘密」その2 | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

「天才の資質が、苦労をも楽しいと感じる強靭な神経だと述べたが、ここではもう一つ学習能力もあげておく。モーツァルトは、すぐれた師の教えを瞬時にして自らの創作能力に転化できる、恐るべき学習能力を遺伝子として享けた神の子であった。」


「学ぶことは教わることではない。対象物からその本質を、自らの能力をもって学びとることである。教師が伝授可能なのは知識だけで、そこから何ものかを創造する責任は、師匠の教えを消化し、血肉と化してそれを使う弟子の側にある。それだけではない、彼は優れた作品の上演に接するや、作品の優れたる所以、人気を博した理由を直ちに感じ取って、創作の方法としてわが技法に加えた。歌い手の技量のほどをわが耳、わが眼で確認し、創作の素材として以後縦横にこれを使いこなす。さらに、世界最優秀と評されるクレモナ製弦楽器群の輝かしい音色と、歌の王国イタリアの風土が造り上げた無比の歌唱性を体感して、それを自らの作風に採り入れてしまう。特別な誰からも、教わる必要はない。モーツァルトにしてみれば、イタリアで訪れるどの街にも、学ぶことができる材料はいくらでも転がっていたのである。」


「これを『隔絶せる自習能力である』と評したのは、戦後日本の知的リーダーの一人、政治思想史を専攻分野とした丸山眞男である。西欧クラシック音楽の研究を自らの『第二の専門分野』と自認していた丸山は、専門家をも瞠目させずにはおかない音楽に対する見識を、学校やその道の教師に頼ることなく、すべて独学で身につけていた。『教師の最重要課題の一つは、学業終了後、弟子が一人で学ぶ癖と、一人で学ぶ方法を修得せしめることである』と断ずる丸山の教育哲学は、自身の到達した人生に裏打ちされた信念であった。」


 「丸山眞男 音楽の対話」でも抜粋したが、丸山の所蔵する数千枚にも及ぶスコアすべてに書き込みがしてあったという。