小林秀雄「モーツァルト」から | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

「美は人を沈黙させるとはよく言われる事だが、このことを徹底して考えている人は、意外と少ないものである。すぐれた芸術作品は、必ず言うに言われぬあるものを表現していて、これに対しては学問上の言語も、実生活上の言葉も為す処を知らず、僕等は止むなく口を噤むのであるが、一方、この沈黙は空虚ではなく感動に充ちているから、何かを語ろうとする衝動を抑え難く、而も、口を開けば嘘になるという意識を眠らせてはならぬ。そういう沈黙を創り出すには大手腕を要し、そういう沈黙に堪えるには作品に対する痛切な愛情を必要とする。美というものは、現実にある一つの抗し難い力であって、妙な言い方をするようだが、普通一般に考えられているよりも実は遥かに美しくもなく愉快でもないものである。」


「美と呼ぼうが思想と呼ぼうが、要するに優れた芸術作品が表現する一種言い難い或るものは、その作品固有の様式と離す事が出来ない。これも亦凡そ芸術を語るものの常識であり、あらゆる芸術に通ずる原理だとさえ言えるのだが、この原理が、現代において、どのような危険に曝されているかに注目する人も意外に少ない。注意しても無駄だという事になってしまったのかも知れない。」


 モーツァルトについてのあれこれが描かれている。