「考えるヒント」その2 | さかえの読書日記

さかえの読書日記

琴線に触れたことを残す備忘録です。

「ソクラテスの話し相手は、子供ではなかった。経験や知識を積んだ政治家であり、実業家であり軍人であり、等々であった。彼は、彼等の意見や考えが、彼等の気質に密着し、職業の鋳型で鋳られ、社会の制度にぴったりと照応し、まさにその理由から、動かし難いものだ、と見抜いた。彼は、相手を説得しようと試みた事もなければ、侮辱した事もない。ただ、彼は、彼らは考えている人間ではない、と思っているだけだ。彼等自身、そう思いたくないから、決してそう思いはしないが、実は、彼らは外部から強制されて考えさせられているだけだ。巨獣の力のうちに自己を失っている人達だ。自己を失った人間ほど強いものはない。では、そう考えるソクラテスの自己とは何か。」


「プラトンの描き出したところから推察すれば、それは凡そ考えさせられる事とは、どうあっても戦うという精神である。プラトンによれば、恐らく、それが、真の人間の刻印である。ソクラテスの姿は、まことに個性的であるが、それは個人主義などという感傷とは縁もゆかりもない。彼の告白は独特だが、文学的浪漫主義とは何の関係もない。彼は、自己を主張しもしなければ、他人を指導しようともしないが、どんな人とでも、驚くほど率直に、心を開いて語り合う。すると無知だと持っていた人は、智慧の端緒をつかみ、智者だと思っていた者は、自分を疑い出す。要するに、話し相手は、みな、多かれ少なかれ不安になる。そういう不安になった連中の一人が、ソクラテスに言う。『君は、疑いで人の心をしびれさせる電気鰻に似ている』」


 「プラトンの国家」から抜粋