小林秀雄「考えるヒント」から | さかえの読書日記

さかえの読書日記

琴線に触れたことを残す備忘録です。

「伊藤仁斎が『論語』を、宇宙第一の書と呼んだという事はよく知られている。」


「本居宣長の宇宙第一の書は、『論語』ではなく『古事記』であったが、これもやはり色の好むが如きものであったろう。「古事記伝」の実証的方法を誰もが言うが、それは彼の愛読法に他ならなかったという事の方が大事だと思われる。愛することと知ることとが、まったく同じ事であった様な学問を、私たち現代人は、余程努力して想像してみなければ、納得しにくくなっている。一冊の書物を30年間も好きで通せば、ただの好きではない。そういう好きでなければ持つ事のできぬ忍耐力や注意力、透徹した認識力が、『古事記伝』の文勢に、明らかに感じられる。これは、今日言う実証的方法とは質を異にしている。私たちは、好き嫌いの心の働きの価値を、ひどく下落させてしまった。」


 昭和34年5月、文藝春秋に発表された「好き嫌い」からの抜粋