「聖書ものがたり(エルサレム会議)」から | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

「キリスト教史上初の教会会議、エルサレム会議が開かれた。」


「この会議は、主イエスをメシアとして信じる信仰がユダヤ教の一派にとどまるのか、それとも普遍的な信仰になりうるのかの分水嶺である。」


「異邦人にも割礼を受けさせ、又、モーセの律法を守ることを命じるべきである。」


「モーセの律法は来るべきものの影であって、本体はキリストである。本体が現れた今、影は去らざるを得ない。私たちは、信仰により、聖霊によって、義をいただく望みを熱心に抱いているのだと。主イエスにあっては、割礼を受けるかどうかは大事なことではない。愛によって働く信仰だけが大事なのだ。」


「本家であるエルサレム教会は、分家である異邦人教会に対し、『聖霊である私たちは、次に書き記す最低限のこと以外は、異邦人信者の上に、どんな重荷を負わせないことを決めた。すなわち、偶像に供えた物と、血と、絞め殺した物と、不品行を避けること』」



「エルサレム会議から200年ほどたつと、キリスト教の主流はユダヤ教会ではなく、異邦人教会になっていた。これがキリスト教会による反ユダヤ主義の始まりである。」


 反ユダヤ主義とはなにか