高橋和巳「悲の器」から | さかえの読書日記

さかえの読書日記

琴線に触れたことを残す備忘録です。

「関西へ講演旅行にでたとき、松阪によって本居宣長の旧居を見学したことがあった。質素なしもたやであったが、壁に貼られた案内書に、西向けの中二階が彼の書斎であったこと、古事記の注釈作業に倦んだとき、宣長は小鈴を振ってその音を楽しんだとしるされてあった。ニ、三の、硯や筆、書物や書簡の展示されてある部屋は、天井が息苦しいほど低く、小さな格子窓が西向きに開いているだけだった。原稿はいちいち朱で添削し、横に自筆の清書定本が並べてあった。想念を噛みしめ、文字を刻むように書き綴った跡がうかがわれた。そのときは、毛筆で清書することの面倒さを思って驚嘆したものだったが、私は虫の声に、その小さな鈴を思い出した。疲れを癒すために酒を飲むのでもなく、鈴を鳴らして神経をなぐさめたという。」


 小林秀雄の「本居宣長」がふと頭に浮かびメモをした。