毎週決まった日時に開催される
社内定例会議。
よくある話だが、
開催すること自体が
目的になってしまっている
非効率な会議もある。
私は必要のない儀式や
無駄な拘束は好きでない。
伝統的な他業界に勤める友人に話すと、
「その発想はIT業界的だ」と揶揄されるが、
特に朝礼的なもの、
部内のメンバーが一同集合する定例会的なもの、
アジェンダよりも先に、メンバーが集まることに
重きを置かれる会は必要と感じないし、
その場で伝達される情報も、
メンバーが正しく理解してくれるならば、
メール等の代替手段の方が
むしろ効率的と考えている。
そのような前提もあり、
この半年間で、定例会議を棚卸し、
最低限、必要なものだけ残し、
不明瞭な役割の会議を
片っぱしから消し去ったみたところ、
結果、過半数の会議が
姿を消すことになった。
一部メンバーは歓迎する声を上げ、
クライアント業務においても、
表だって支障を感じることがなかったので、
取り組みとしては成功したように思えた。
しかし、実は、
全員が歓迎したわけではなかったし、
どこか寂しそうというか、
引っかかるような雰囲気があった。
理由を探ってみると、
定例会議があることで、
メンバー同士、顔を合わせることで、
雑談や何かを相談する機会になったり、
お互い連帯意識を感じたり、
安心したりする側面があったようだ。
特にベテランよりも、
若手メンバーの声の方が根強く、
一人前に判断ができないメンバーにとって、
定例会議のような決まった枠組みは、
機能している一面もあったといえる。
このように、マネジメント上、
「必要または無駄」の白黒の境界線は難しく、
片方に傾倒しすぎず、
適度なバランスを考慮しないとならないし、
課題の本質が
「コミュニケーションの活性化余地」であれば、
会議に代わる解決手段を同時に検討しないとならない。
組織運営は、
試行錯誤の日々である。