なぜWebディレクターは人材不足なのか | Webディレクターの生活

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Webディレクターがデジタルの在り方を考えるブログ。


「ディレクターが足りない」

各所から念仏のように、
ここ何年も聞いている言葉である。

制作会社に限った話ではなく、
自社サービスを持つ事業会社や、

ここ数年はエンジニアが着目されているが、
それでも、多くの領域を跨ぎ、制作を統括して、
最後までやり切るディレクターに対して、
一定のニーズがあるのは確かだ。


では何故ディレクター不足なのか

もともとニッチな職域であるからか、
客観的なデータはあまり見られない。
よって、ここでは私個人の仮説を述べてみようと思う。


・長くWebディレクターをする人が少ない


私もそうであったが、
Webディレクターは、
過酷な働き方をしている人が多い。

所属先によって役割は変わるが、
Webディレクターの多くは、制作で関わる全ての人を取りまとめ、
与えられた与件のもと、進行管理を司る制作の統括を担う。

しかし、デジタルの活用法が多様であるゆえ、
仕様が複雑化したり、二転三転することは日常茶飯事。
そのうえデッドラインは変わらず迫ってくる。

納品/リリース前の制作現場が自然と戦場のようになり、
全てを集約する立場のディレクターが、
徹夜コースになることは珍しくない。


彼らはスポーツ選手のように、
一時の通過点として充実感を覚えつつも、
将来どこかのタイミングで、働き方を変えようと考え出す。

働き方を変えるという意味は、
生産性を高め、肉体負担が少ないディレクターになるという意味ではなく、
(これはこれでとても大事なことであるが)

事業会社側でコントロールする側に回ること(=転職)だったり、
職域を変えて、ディレクター自体から卒業することを意味する。
結果として、ディレクターとしての数が減っていく。


・時代に適した「使える」ディレクターが少ない


「Webディレクター」という肩書きが出始めたのは、
2000年代に入ってからだと思うが、

90年代後半のWeb黎明期や2000年代前半に
Webサイトに従事していたプレイヤーたちは、

Webディレクションを主にするというよりは、
コーディングやプログラム、デザインなど、
手を動かす職域を兼任する働き方が主であった。

それが2000年中盤に、
大規模分業制が台頭してくると、
デザイナーやコーダーを司る制作のまとめ役を
「Webディレクター」とみなすようになる。


専門的に設計を担当するIA(インフォメーションアーキテクト)や
主に企画を考案するWebプランナー、
営業的なプロジェクト全体の統括役であるWebプロデューサーといった、
本来はWebディレクターの職域の中に
内包されていた肩書きが出始めたのもこの時期からだ。

大規模分業制の「Webディレクター」は、
デザイナーやコーダーを兼任せず、
むしろ、自分ではソースを書かない、画像に手を入れない、
いかに効率的に進行管理を行うか、に重きを置く働き方が主流になる。

この大規模分業制時代に、
Web業界の登竜門として、他業界からの転職、
会社によっては新卒採用の最初の職種として、
Webディレクターという肩書が増えていった。

しかし、フィーチャーフォンの台頭、
さらにスマートフォンが登場し、ソーシャルゲームの台頭を迎え、
再び、制作の職域を兼業できるディレクターの方が重宝されるようになる。

デバイスやメディアの垣根が曖昧になり、
横断的にプランニングしたり、進行したりしていくためには、
自らも技術やトレンドに精通していた方が効率が良くなった。

この時点で、かつて大規模分業時代に
制作管理に徹していたプレイヤーは、時代の波に乗って、
隣接する職域にジョブチェンジしていくプレイヤーもいれば、

変化に対応できなかったプレイヤーは付加価値が相対的に低くなり、
WebディレクターならぬWebオペレーターのような存在になってしまう。

皮肉なことに、時代によって価値がある、
使えるディレクターの定義が変わっているのだ。


・そもそも新しいWebディレクターが以前ほど生まれなくなった


新しい人材が「Webディレクター」として、
入り込まなくなったことも
特徴として上げられると思う。

Webに関わる業界に飛びこむ人自体は
少なくなっていないと思うが、
Webサイト構築を進める領域は(今は)花形ではなく、
専門学校のコースにおいても、アプリやCG/映像の方が主であるようだ。

つまり、若いディレクターが減り、
かつて若かったディレクターが高齢化する・・・。

なんだか暗い話のようだが、
では、これからのWebディレクターのあるべき像、
Webディレクターという立場は、どうなっていくのであろうか。

長くなってきたので、また次回。