監督:ビン・リュー、出演:キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リュー、ニナ・ボーグレンほかのドキュメンタリー映画『行き止まりの世界に生まれて』。2018年作品。

 

アメリカのイリノイ州ロックフォードに住むキアー、ザック、ビンは子どもの頃からスケートボードで繋がっている。皆が家庭に問題を抱えながらも彼らはそれぞれの道を歩んでいく。今では映画の世界で活躍するビンがヴィデオキャメラで記録し続けてきた彼らの12年間の軌跡と現在の3人の姿を映し出す。

 

9月に鑑賞。

 

映画評論家の町山智浩さんの作品紹介を聴いて、興味を持ちました。

 

このドキュメンタリーのちょっと前に観た劇映画『mid90s ミッドナインティーズ』でもスケートボード少年たちが描かれていましたが、あの作品と併せて観ることで、スケボーに熱中する少年たちの心情や彼らが暮らす環境などについての理解がより深まると思います。

 

 

『ミッドナインティーズ』の少年たちは10代だったけれど、この『行き止まりの世界に生まれて』のキアー、ザック、ビンの三人は、さらに青年へと成長していくし、その中の一人、ザックは父親になる。いわば『mid90s ミッドナインティーズ』の少年たちの“その後”が描かれる。

 

 

 

『ミッドナインティーズ』に出てくる少年たちの方がヤンチャというかもっと幼稚で刹那的でもあるんだけど、少年たちが置かれた家庭環境の苛酷さは両者ともほとんど変わらない。

 

一見まるで若い頃のポール・マッカートニーのような顔のナイスガイで何事も冗談めかして語るザック、やはりいつも笑顔で陽気なキアー、監督だからということもあるが、控えめで自分の意見を強く主張しないビンと、彼ら自身はけっしてわかりやすい問題児のようには見えない。

 

しかし、彼らがスケートボードにのめり込んだ理由を探っていくと、キアーもザックもビンも、それぞれに事情は異なってはいても実の親だったり継父から暴力を受けてきたことがわかる。その事実を彼らは互いに気づいていた。

 

家庭に居場所がなかったり鬱憤を晴らしたり思い切り打ち込めるものを探す者たちが、やがて“スケートボード”と出会ってそこで意気投合し、仲間としてともに過ごすようになった。

 

3人がスケボーで滑っていく映像が見ていてとても気持ちよくて、監督のビン自らも滑りながら撮ってるから臨場感がハンパないんですよね。自分もスケートボーダーになったような気分になる。

 

 

 

彼らは軽々と乗ってるように見えるけど、ちょっとした段差(ギャップ。この映画の原題は“Minding The Gap”=段差に気をつけろ)でもバランスを崩して転倒する危険もあるのをああやって自転車でも漕いでるようにスイィ~っと滑ったりジャンプしたりしてる姿を見ていると、なるほど、スケボーって確かにカッコイイし、ハマる人たちがいるのもよくわかる。

 

やっぱり実際にやってみせるってことはすごく説得力がある。

 

ただ、この映画は『ミッドナインティーズ』もそうだったように「スケボーについての映画」ではなくて、「家族や友人についての映画」。

 

ラストベルト(錆びついた工業地帯)と呼ばれる、発展から取り残されて長らく経済的に厳しさが続き回復の見込みも立たない地域にある町で、少年たちの生活の背後にあるものはそのままアメリカが抱える問題の縮図でもあり、ドナルド・トランプを支えたのがどのような人々であったのかもうかがい知ることができる。

 

個人的な家族関係だったり友情について掘り下げていくと、それは普遍性のあるテーマに繋がっていく。

 

町山さんが解説で仰っていたけれど、トランプのように親から「強くあれ。負け犬になるな」と教えられてきた者たちがどのような弊害を被っているか。弱音を吐かず負けを認めず、男らしさを求められ続けた結果、子どもたちはどうなったか。

 

邦題の「行き止まりの世界」というのはロックフォードのような発展が止まった町のことなのだろうし、それゆえに行き場を見つけられない者たちの焦りや苛立ちのことでもあるのでしょう。

 

それは、不況が続き格差も広がって、現在コロナ禍の中で生活している僕たちにもまったく無関係なことじゃない。大勢が苦しんでいる。そして放っておかれている。

 

「自助」だのなんだのと称して公的援助もないまま「自分でなんとかしろ」と見捨てられる、助けを求めることを「甘え」などと罵られるような社会。

 

ビンの母親が息子の廻すキャメラの前で涙ぐみながら「独りきりは嫌」と言うのが印象に残った。誰もが独りでは生きていけない。中国系のビンの母は、もしかしたら大勢の家族との思い出があるのかもしれない。

 

キアーのボードに書かれた「THIS DEVICE CURES HEARTACHE(この装置は心の痛みを治してくれる)」という文字

 

ビンが母に、今はすでに亡くなっている彼女の夫、ビンの継父が義理の息子に対して行なっていた暴力に気づいていたのかどうか静かに問うと、彼女はその質問に直接答えずに涙ながらに反省の言葉を漏らす。

 

夫が仕事を辞めて自分の稼ぎだけで家族を養わなければならなかった彼女に、夫から息子を守る余裕がなかっただろうことは想像できるし、母には母なりのつらさがあっただろうことも理解できるが、それで幼い息子が理不尽な暴力に晒され続けなければならなかったことは、やはり納得のいくものではない。

 

ビンは母を責めることはなくて、ただ自分が長らく心の中に溜め込んできたものを伝えたのだった。

 

かつてスケートボードの店に立ち寄って仲間たちとの交流を深めていったビンは、自分の家庭内での不満や怒りを抑え込んだまま、それを表に出すことができなかった。

 

友人のザックがパートナーであるニナに暴力を振るっていることを知った時に、なぜビンは真っ先にザックをいさめないのだろう、と思ったんだけど、ビンの物腰は常に慎重で彼がキャメラの前で言葉を荒らげたり感情的に振る舞うことはないんですね。

 

それは持って生まれた彼の性格によるものなのか、それとも幼い頃に暴力を受け続けてきたためにそのような態度が身についたのか、あるいはドキュメンタリー映画作家としての中立性を保ちたいと考えたからなのかはわからないけれど、ビンが「俺から(ザックに)言おうか?」とニナに確認すると彼女が「やめて」と言うように、暴力を振るう者の行動パターンをわかっているからこその慎重さなのかもしれない。

 

ザックとニナは幼い息子の育児や家事の分担などをめぐって揉めることが多く、それがザックの暴力に繋がったんだけど、彼らの言い分は断片的に切り取られていて、どちらが正しくてどちらが間違っているのかということはよくわからない(ザックが直接暴力を振るうところが映されているわけではないが、ニナは彼からの暴力でできたという顔の傷を見せる)。二人ともがそれぞれ親との間に問題やわだかまりを抱えていて、それがいざ自分たちが親となってパートナー同士で共同生活を営むうえでの障害のようになっている。

 

 

 

 

ザックはキャメラの前で自分の暴力を正当化するようなことを言う。

 

それでも、ビンはザックをDV男のクズ野郎と断罪するのではなくて、そんな自分自身を責め続けてもいるザックに友人として寄り添い続ける。

 

ザックはヴィデオキャメラの前ではいつもにこやかでわざと軽薄な感じで振る舞っているけれど、これまでや現在の自分自身への忸怩たる思いが積み重なっていて、それがニナからの叱責のような厳しい言葉に暴力という形で応じることになる。

 

もちろん暴力は許されないことなんだけど、責め続けられれば時に暴発することもある。

 

この映画ではザックとニナの息子エリオットがどんどん成長していく様子が記録されていて、それだけでも堪らなく胸が締めつけられるような気持ちになる。ザックは親との折り合いが悪く、またニナとも別れることになるが、そんな父にやがて成長したエリオットはどのような感情を抱くことになるのだろう。

 

父が母に暴力を振るっていたことを彼は許せるだろうか。

 

キアーもまた、実の父からしつけのつもりの暴力を受けていた。そんな父に「大嫌いだ」と言い残して家を出たキアー。その父も今はなく、兄は刑務所へ。

 

「男らしさ」の呪いは、どこかで断ち切らなければ延々と続いていってしまう。

 

キアーもザックのようにキャメラの前で見せる笑顔が印象的だが、彼の笑顔もまた彼自身を守るための鎧のようにも感じられる。

 

 

 

 

子どもの頃に喧嘩して怒りに任せて相手のスケボーを叩き割っていたように、キアーの中にも言いようのない怒りがあった。

 

ただ、彼は地道に仕事をみつけてなんとか踏みとどまっている。

 

そして、故郷であるこの町を自らの意志で出ていくことにする。錆びついてしまわないために。

 

少年から青年へ成長していく者たちの個人的な記録から普遍的な親子関係や友情などが見えてきて、それらは社会の経済状況からの影響を直接受けるから、先が見えない世の中をどう生きるか、という現在もっとも切実な課題について語られている。「男らしさ」の呪縛がどんな弊害を生み出すかも。

 

軽やかにスケートボードで滑っていくキアーたちの姿が、前に進むことを「希望」として感じさせてくれる。

 

彼らにとって、スケートボードとは“セラピー”の一種だった。僕にとっては「映画」がセラピーだなぁ。

 

ビン・リュー監督の次回作は、シカゴの銃暴力についてのドキュメンタリーだそうです。また、アジア系が主人公の劇映画の企画もあるのだとか。そちらも楽しみにしています。

 

 

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