大九明子監督、松岡茉優、渡辺大知、石橋杏奈、北村匠海、片桐はいり、趣里、古舘寛治、稲川実代子、栁俊太郎、前田朋哉、池田鉄洋出演の『勝手にふるえてろ』。
原作は綿矢りさの同名小説。
彼氏いない歴24年のOL良香(ヨシカ)は、自分のことを「絶滅危惧種」になぞらえながら中学生の頃に片想いしていた一宮「イチ」を脳内で恋人代わりにしている。同じ会社の霧島「ニ」から交際を申し込まれた良香は、イチとニの間で揺れ動く。
松岡茉優さんは3月には『ちはやふる』の続篇も控えているし、今やTVドラマに映画に大活躍の人だけど、意外なことに本作品が初主演映画なのだそうで。
ってゆーか、この人まだ22歳なんだな。「あまちゃん」の時は10代だったわけね。そういえば『桐島、部活やめるってよ』(東出昌大のカノジョ役)も最初観た時には彼女のことを知らなかった。しかしなんだろう、この歳にしてこの貫禄。
恐るべきスピードで女優道を邁進してますよね。
僕は松岡茉優さんのファンというわけではないけど、すでに観た人たちの間でやたらと評判がいいし演技力のある女優さんは気になるから(あとTVドラマはほとんど観ないので)、日本映画を担う若手女優の一人である彼女の主演映画はチェックしたいな、と。
平日にもかかわらず上映会場には大勢お客さんが来ていて、作品の人気ぶりがうかがえました。
が、しかーしっ!
この映画に関しては予告篇すら観てなくてまったくなんの予備知識もなかったんですが、しばらくはどうも居心地が悪く、なかなか映画に入り込むことができなかった。
それどころか松岡さん演じるヒロインの良香が男のことであーだこーだとゴタクを並べて大騒ぎする姿が延々続くのを観てるうちに不快感がどんどん募っていって、「しまった、観る映画を間違えた」と大いに後悔し始めた。TVでやってたら3分でチャンネル替える奴だ。
これのどこがそんなに面白いの?新年早々から今年のワーストワン候補か?と。
もうね、20代のOLが男と付き合おうがフラれようが俺にはマジでどーでもよくて、イライラして思わず客席で腕組みしてしまった。久しぶりに映画の途中で退出することまで考えて、一瞬通路を見ちゃったほど。
俺って今の映画のトレンドからそんなにズレてるのかな…と本気で落ち込みかけた。
…そんな絶望的な状況が、映画も終盤に差し掛かったある時点、松岡茉優が唄い始めたあたりで一転するミラクルが。
それではこれ以降はネタバレがありますから、これからご覧になる予定のかたはどうぞ鑑賞後にお読みください。内容については知らずに観たほうが絶対にいいので。
とにかく主人公・良香のキャラクターが超絶にイタくて映画の大半を死んだ目で観ていた僕には、ちょっとなかなかない貴重な鑑賞経験でした。だってこれは二度目には絶対に味わうことはできないから。
そういうことでは、これは「どんでん返し映画」の一種でもある。
なるほど、この映画が松岡茉優という女優さんの存在にかかっていたことは確かで、眼鏡をかけると個性が埋没するスレスレになるところ(それが逆にリアルでもあるんだが。しっかりレンズにも度が入ってるし)なんかもそうだけど、これがもしも同僚役の石橋杏奈と役柄が逆だったら絶対に成り立たない作品だっただろうな、と思う。
やはりヒロインが自己チューで性格が悪かった、吉高由里子主演の『婚前特急』を思い出した。石橋杏奈はあの映画でも似たような真面目な女性の役を演じていた。
さすが、見守ったりフォローしたりする役に定評がある(?w)石橋杏奈。
男優の方も、僕は「ニ」こと霧島を演じる渡辺大知という役者さんをこの映画で初めて知ったんですが、彼の人の良さそうな顔や演技は役柄にほんとにハマってて、見事だったな、と。
ちょっと前の峯田和伸を思わせるところがある。本職がミュージシャンというのもそうだし。
霧島は喋り方とかその内容もスーツ姿にリュック背負った姿も、そのすべてが日本に何千人もいる若い営業マンそのもので、最初に登場してから良香に絡み出すところなんかも、もう即「クソ」認定したくなるほどウザい。
まだ付き合ってもいないうちから「一人にしてゴメン」とか勘違いした発言連発だし。ただでさえ良香のキャラにもウンザリするうえにさらに苛立たせてくれる。
自分のことしか話さないし、人に話振っといて聞いてなかったりする。なんでも自分のペースで押し通そうとする、こーゆー奴居るもの。
でも、そんな「明日死ねばいいのにキャラ」が、映画の終わり頃には彼の言ってることが一番まともに聞こえてくるという、これまたミラクルが。
彼がクライマックスで良香に向かって言う台詞(もう内容忘れちゃったけど)は、こういう男女のやりとり、ありますなぁって、大嫌いだったキャラに急に親しみが湧いた。
ライヴハウスよりも角打ちの方がくつろげる、というのもいかにもだなぁ、と(って、さっきから言ってるように霧島の“中の人”はこの映画の主題歌も唄ってるミュージシャンなんだがw)。
一方で、良香が中学の時に「天然王子」という漫画にして描いていたほど好きだった同級生の「イチ」こと一宮(北村匠海)はちょっと陰のあるまさに絵に描いたようなイケメンなのだが、こいつがまたリアル“空気男子(空気のように気にされない)”の俺なんかから見たら「今日死ねばいいのにキャラ」の筆頭みたいなスカした野郎で、こんな奴に片想いしてるヒロインの見る目のなさにまたしてもガッカリさせられるのだった。
こいつは運動会の時に自分の方を見ていない良香に向かって「俺だけを見て」とか抜かすキモいナルシストだ。
でも、そんな中学の同窓会で再会した「今日死ね男子」が、実はクラスで同級生たちからイジられるのがすごく嫌で「自分は苛められていた」と思っていることを知って、良香は自分が彼をよく知らなかったことに気づく。
そして、一宮が自分と同じように「絶滅した動物」に興味があることを知って一瞬期待が最高潮に達する良香だったが、その直後に奈落の底に突き落とされる。
「イチ君って、人のこと“君”って呼ぶ人?」「(苦笑)…ゴメン、名前何?」
*~*~*~*~*~*~*~*~
同じように「絶滅した動物」に興味があるといっても良香と一宮のそれは微妙にズレていて、良香は自分自身が「絶滅危惧種」だと思っているからそこには同族を見るような共感があるのだが、一宮はその絶滅した動物たちのことを「イビツな存在」と表現する。
近いようで二人の間には決定的な隔たりがある。
この映画は特に後半、憧れの「イチ」と“キープ”みたいな存在の「ニ」の間で良香の気持ちの変動が激しくなっていって最高にガン上がりしたかと思えば急降下するといった具合に、完全に情緒不安定な状態に突入していく。
これまでずっと心の中の声を全開にしてバスの隣の席のおばさんや毎日顔を見る駅員、釣りをしてるおじさん、コンビニのバイト君などに自分の恋路について延々と語り続けていた良香が、実は実際には誰とも会話もしておらず、すべてが脳内の空想だったことが判明する。
バーガーショップで友だちのように仲良く喋っていた女性の店員とも、本当は一度も言葉を交わしたことがなかった。
先ほど述べたように僕は良香のその自己中心的な言動にイラつきながら観ていたんだけど、この時ようやくこの映画に興味を持てたのでした。
ただ不思議だったのが、ではそんな誰とも付き合いのない良香が石橋杏奈演じる来留美(くるみ)のような女性とどうやってあんなふうに仲良くなったのだろう、ということ。
僕は女性同士の友情ってまったくわかんないから、あそこまで親しげに喋っていながら来留美に対して妙にコンプレックスを持ってるところとか、不可解でしょうがなくて。よくそんなんで友だちでいられるなぁ、と。
いや、理屈ではわかるんですよ。親しくしていても相手に対していろいろと思うところがあったりするのは。
でも、そういう場合って相手の方が積極的にこちらに親しげにしてくれるからそれにつられて、みたいな感じじゃないのかな、と。良香みたいな奥手気味な人の場合は特に。
でも映画を観ていると、来留美はそんなに自分の方がイニシアティヴを取りたい感じの人というふうには描かれていなくて、むしろ良香を優しくフォローするような立ち位置なんですよね。
良香が来留美の存在に助けられていたり甘えているのは明らかで。
「私、何か良香を怒らせるようなことしちゃったのかな…」という留守電に入れられた来留美の戸惑いと心配する気持ちがこもった言葉からも、彼女の誠実さが伝わってくる。
良香はそんな来留美が霧島に「良香は男の人と付き合ったことないから、気を遣ってあげてね」とアドヴァイスしていたことに激高する。「私のことを見下している」と。
また、そのことで霧島が良香を「可愛い」と言ったことに対しても激怒する。「処女が可愛いとか、気持ち悪い」と。
…その解釈、全部間違ってますよね^_^;
親しい同性の友人が男慣れしてなくて、同じ職場の相手の男性から彼女について相談されたら来留美のような返答をするのは自然だし、それよりも男性と付き合ったことがない=処女=知られたら恥、という発想が頭の悪い中学生男子みたいで。
こと恋愛に関しては、良香のメンタリティってほんとネットに大量に生息している性体験や性知識が乏しいキモヲタのそれなんだよね。
霧島の言葉を聞いてると、彼は一言も「処女が可愛い」などとは言っていない。
のちに彼が語ったように、霧島は良香がこれまで一度も異性と付き合ったことがないとは思っていなかったので意外に感じて、それが「可愛い」という言葉になって出たんでしょう。おそらくそれ以上の意味はないのだ。
しかし、「男と一度も付き合ったことがない=処女」という組み合わせがインプットされてしまっている良香には、来留美の霧島へのアドヴァイスも霧島の一言も自分への侮辱に感じられたということ。
で、ヤケクソになって「妊娠した」と嘘ついて会社を休む。
…あぁ、「こじらせる」ってこういうことなんだな、と思いますね(;^_^A 付き合ったらスゲェめんどくさそう。
いやまぁ、僕だってたいがいこじらせてるので、人の恋バナにまったく興味がなくて退屈、とか、良香が来留美のカレシが退職したと知って妙に嬉しそうにそれを来留美に告げるなど、痛々しいほど幼稚なところはほんとによくわかるんですが。
確かに霧島はしばしば余計なことを言い過ぎる、というのはある。何かといえば「月島(来留美)さんから聞いた~」と繰り返すし、そのことで良香が不機嫌そうにしていることにも気づかない。
相手と会話を続けることに精一杯で言わなくていいことまで言ってしまう、ってことはよくあるから、霧島の迂闊さ、無神経さは実に身につまされるんですが。
結局これは、職場の同僚からコクられたヒロインがあーだこーだと理由つけて結論を先延ばしにしてドタバタしてたのが、最後にようやく…というなんともお騒がせな狂想曲だったわけで。
一宮が相手の名前も覚えていないくせに中学の時に自分が良香に「俺の方を向いて」と告げたことは覚えているというのも不自然だし、明らかに自分で自分のことが好きで人にも自分だけを見てほしい、と願う一宮は良香の分身といえる。
だから「イチ」=一宮というのは良香が自分の自己愛を投影していた存在で、これはそういうナルシシズムから抜け出して生身の男子(「ニ」=霧島)と抱き合うことになる女性の物語だった、というふうに僕は解釈しました。
この映画は、観終わったあとにいろいろと語り合うのが楽しいでしょうね。人によっていろんな感じ方があるだろうし、それぞれの恋愛経験と照らし合わせながらツッコミ入れたり悶えたりしてw
珍獣が送る「異常巻きの日常」をず~っと観察してるような気持ちで観ていたら、時々自分にも身に覚えのあるようなシチュエーションが出てきて「うわっ」となったり、良香のイタさに自分が重なって思わず赤面しそうになったり^_^;
あと、良香の中学時代に担任教師が一宮に「忘れ物をしません」「遅刻しません」と黒板やノートに百回ずつ書かせる無意味で非生産的な罰に、今でも学校ってこういうことやってるのかなぁ、と引っかかったり、良香の職場で女性社員たちがロッカールーム兼、休憩室みたいな部屋の電気を消して昼寝をする場面が当たり前のように何度も出てくるのが奇妙だったり(あれなんですかね?シエスタ?)、細かいディテールが気になりました。
そーいえば、Facebook的なSNSで良香が勝手に名前を使ってなりすましてた同級生について、何かフォローってされてたっけ。ほったらかし?σ(^_^;)
観始めて8~9割ぐらいのところまで大後悔だったんだけど、観終ったらなんだか面白かったような気持ちがしてきた、なんとも不思議な映画でした。
なるほど、話題になったわけだ。途中で帰らなくてよかった。ホッ。
アンモナイトの化石を購入してほくそ笑む良香の姿は確かに奇妙ではあるけれど、でもそんな自分を「絶滅危惧種」に例えること自体が自意識過剰な行為で、そういう身を守るための不毛な自己分析から自由になってこそ初めて“今”を生き始められるのかもしれない。
この先どうなるのかはわからないが、ひとまず一歩踏み出した良香はもう以前の彼女ではない。
良香よりもよっぽどこじらせている僕は、あれから早速Wikipediaで「絶滅した動物一覧」を覗いてみたのでした。
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