![$映★画太郎の MOVIE CRADLE](https://stat.ameba.jp/user_images/20130425/12/ei-gataro-movie-cradle/52/1f/j/o0550041312513121372.jpg?caw=800)
スティーヴン・スピルバーグ監督、ダニエル・デイ=ルイス、トミー・リー・ジョーンズ、サリー・フィールド、デヴィッド・ストラザーン、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、エリザベス・マーヴェル出演の『リンカーン』。2012年作品。
第85回アカデミー賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス)、美術賞受賞。
1865年のアメリカ。工業化がすすむ北部と奴隷制存続を支持する南部との南北戦争は4年つづいていた。合衆国大統領エイブラハム・リンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)は62年にすでに奴隷解放宣言をしていたが法的な強制力はないため、戦争終結前に憲法修正第13条を議会で可決しなければ黒人は南部との和平成立とともにふたたび奴隷にもどされてしまう危険がある。黒人のかんぜんな自由をもとめる共和党議員サディアス・スティーヴンス(トミー・リー・ジョーンズ)と手を組み、重鎮のブレア議員などへ協力を要請したリンカーンは、妻メアリー(サリー・フィールド)や長男ロバート(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)とのあいだで夫として父親として苦悩しながら、奴隷制廃止にむけてしずかに激しく戦い抜く。
ネタバレは特にありません。
昨年の『戦火の馬』から1年ぶりのスピルバーグ作品ですが、あの映画が戦場を駆け抜けた一頭の馬を描いた一種の寓話でもあるスペクタクル映画だったのに対して、あらすじにも書いたとおりこの『リンカーン』は「憲法の修正案を議会で可決する」という、歴史的にはたいへん重要ではあるが映画的にはきわめて地味な話。
“ヒューマン・ドラマ”であることには間違いないだろうけど、おそらく予告篇を観て多くの人が想像するだろう「涙の感動巨編」といったわかりやすいものではなかった。
なにしろ出てくるのはヒゲ面や頭にヅラのっけたおっさん(トミー・リーさん)ばかりで、主要な女性の登場人物は3名ほど(そのうちのひとりは最後にワンシーン出てくるだけ)。
最後に流れるエンドクレジットでジェームズ・スペイダーの名前をみつけたけど、どこに出てたのかすらわからなかった(どうやら民主党議員たちを懐柔するために活躍する3人のロビイストたちのなかの一人だったようだが)。
戦場の描写は冒頭にすこしと終盤にリンカーンが兵士たちの遺体の山をみつめる場面ぐらいで、映画の大半は議会のシーンとホワイトハウス周辺の描写である。
有名なゲティスバーグ演説も出てこないし(映画冒頭で黒人兵士が「人民の、人民による、人民のための…」という有名な一節を口にする)、暗殺の瞬間の場面もない。
それで上映時間150分。
すでに以前、映画評論家の町山智浩さんの解説を聴いていたので、だいたいどういうタイプの映画なのかはわかってたつもりなんだけど、それでも映画を観はじめると、なんだかよくわからない法律の話とか奴隷解放反対の立場の議員たちを味方につけるための根回しの話がず~っとつづくんで「うわっ、きっつ…」と思ってしまった。
この町山さんの解説↓は、前もって聴いておくとより映画を理解できると思います。
↓こちらもたいへん参考になります。
なぜ『フォレスト・ガンプ』は怖いのか <第12回>『國民(こくみん)の創生(The Birth of A Nation)』(※削除済み)
ヒューマン・ドラマとはいっても、家族たちの話はあくまでもそれら政治的な攻防の合間にときどき挟まる程度。
もちろん、それらの要素もまたのちのち効いてくるのだが。
正直、しばらくはいったいこれはなにを描いた映画なのかもよくつかめず、オレの頭ではついていけん!と途方に暮れそうになった。
じつは、僕はダニエル・デイ=ルイスの主演映画を映画館で観るのは、これがはじめて。
ダニエル・デイ=ルイスというと、最近は肉切り包丁で人の頭叩き割ったり(『ギャング・オブ・ニューヨーク』)ボーリングのピンで教会の牧師を撲殺したり(『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』)するような映画ばっか観てきたんで、今回もいつ武器をもって暴れだすか楽しみにしてたんだけど(それだと別のリンカーン映画になってしまうが)、今回はマリオみたいな口髭ではなくてあの有名なリンカーンにソックリのメイクで、たまに声を荒らげもするが基本的には物静かで動きも緩慢、なにかといえばその場の空気を無視して長い話をはじめて結果的に人心を掌握してしまう大統領閣下を好演している。
なるほど、アカデミー賞主演男優賞を獲るだけのことはある堂々とした演技でした。
エイブラハム・リンカーン本人も長身だったみたいだけど、映画観ててダニエル・デイ=ルイスもけっこうデカい人(190cm近い)なんだな、と思いました。
最後に元は奴隷であった黒人秘書がみつめるその後ろ姿からは、たしかにアメリカの歴史を変えた偉大な大統領の威厳とともに、満身創痍となって「深い孤独を感じる」と妻に語っていたリンカーンの痛みが伝わってきた。
![$映★画太郎の MOVIE CRADLE](https://stat.ameba.jp/user_images/20130426/06/ei-gataro-movie-cradle/61/d6/j/t02200155_0665046812514018468.jpg?caw=800)
リンカーンの妻メアリーは次男を病気でうしなったことが原因で精神的に不安定になっており、また長男のロバートは父親が必死で止めるのもきかずに北軍兵士に志願する。
彼らはリンカーンをてこずらせ、その仕事への集中力を阻害する存在にも見えるが、一方ではリンカーン自身の苦しみを反映しているようにも感じられる。
ふだんは寡黙なリンカーンのかわりに、メアリーは彼の心のなかまでも代弁してみせる。
ちょっと妻が台詞ですべてを説明しすぎな気はしたが、「君は自分のことばかりしゃべっている」と彼女をとがめる夫に対してメアリーは「脅すだけじゃなくて、さっさとわたしを精神病院に入れてみなさい」といいかえす。あなたはロバートに冷たい、と。
リンカーンもその妻もたがいにいってることは間違ってなくて、たがいを必要としあっているはずのふたりが激しく言い争う場面は、まるで両親の口論を見ているようでツラい気持ちになる。
「父は優しくなかった。世間では当たり前のことを彼から学ぶことはなかった」と語るリンカーンのキャラクターは、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でダニエル・デイ=ルイスが演じた、やはり父親との関係についてかたくなに口を閉ざす主人公に通じるものがある。
リンカーンもまた、歴史上の偉人というだけではなく弱さをもった一人の人間だった。
そしてそんな彼を支えていたのは、ほかならぬ妻であった。
メアリーはまるで「占い師」のように夫の夢の話にまでつきあい、食えない政治家であるスティーヴンスたちにも動じることなく「大統領夫人」を演じつづける。
かつてはトム・ハンクスと恋に落ちる専業主婦を演じていたサリー・フィールドは(『フォレスト・ガンプ』では彼の母親役)いまではみごとにおばあちゃん女優になってしまっているが、その胸の谷間のしわや下着姿をわざわざ映すスピルバーグは、彼女の生身の姿にかけがえのないものを象徴させているようでもある。
メアリーは夫が暗殺されてからはその後の人生を精神病院で過ごした。
リンカーンが唯一やすらぎを感じていた末っ子のタッド(『ダーク・シャドウ』でクロエ・グレース・モレッツの弟役だったガリヴァー・マグラス)も、若くして亡くなっている。
またこの映画では、リンカーンが理想に燃え正義感にあふれた立派な人物だった、というだけではなく、目的を達成するためにはいかなる戦略をたてるかをつねに冷静に考えている元弁護士の策士でもあったことが描かれている。
そのためには参謀役をつとめる国務長官(デヴィッド・ストラザーン)ら側近たちにさえ内緒で与党の保守派の重鎮と取り引きもする。
足りない票を手に入れるためにロビイストを派遣して野党の議員たちに根回しもする。
黒人のかんぜんな自由、白人と同等の権利の獲得をめざす急進的なスティーヴンスに、リンカーンは「心のコンパスがいかに正確で針が真北を向いていたとしても、沼にはまって目的地に行けなければ意味がない」という。
憲法修正第13条が否決されれば、奴隷解放そのものが消える。
だからいまは妥協してほしい、と。
それは、スティーヴンスが生きているあいだには、黒人たちがかんぜんな自由を手にすることはない、ということを意味していた。
事実、彼らがそのような自由と権利を手にするには20世紀もなかばを過ぎるまで待たねばならなかった。
しかし、最初の一歩を踏みだすためにスティーヴンスはそれをうけ入れるのだ。
つねに尊大な態度でヅラまるわかりの一見すると悪役然としたスティーヴンス議員がなぜあれほどまでに黒人の自由にこだわったのか、それは映画の最後にわかる。
![$映★画太郎の MOVIE CRADLE](https://stat.ameba.jp/user_images/20130426/06/ei-gataro-movie-cradle/e4/95/j/t02200161_0450033012514018469.jpg?caw=800)
この映画のリンカーンには、あきらかに現在のオバマ大統領がかさねられている。
映画の冒頭の「いずれは黒人の“大佐”がうまれるかも」という黒人兵士の言葉はやがて実現し、「黒人たちに白人とおなじように選挙権をあたえてもいいのか?黒人の議員が出てきてもいいのか?」という民主党の議員の言葉はいまや当たり前のこととなり、21世紀になってついにアメリカに黒人大統領が誕生した。
リンカーンはその第一歩をすすめた人だ。
一歩ずつ踏みだすことが無駄どころかいかに大切であるかということを、そしてその一歩のためにどれほどの犠牲と労力が必要であったかをこの映画は教えてくれる。
また、この映画には女性の権利についても一瞬だけ言及されている。
アメリカにはまだ女性の大統領はいないので、これは今後のさらなる課題かもしれない。
最初に「途方に暮れそうになった」と書いたように、描かれていることのすべてを理解できたわけではないし、見逃している部分もけっこうあるかもしれません。
でも特に後半は、こまかいことは理解できていなくてもリンカーンたちがやり遂げようとしていることがなんなのかつかめてからは物語にも入りこめて、結末はわかっていても最後はやはりしずかに胸が熱くなりました。鼻すすってる人もいたし。
音楽や演説でガンガン盛り上げようとするのではなくて、スピルバーグの演出は最後まで抑制が効いていて好感がもてました。
誰にでもお薦めできる映画じゃないけど、でもなかなか見ごたえありましたよ。
ちなみに昨年公開されてDVDにもなっている史実をもとにしたロバート・レッドフォード監督、ジェームズ・マカヴォイ主演の映画『声をかくす人』は、物語がちょうどこの『リンカーン』の最後とつながるようになっていて、つづけて観るとなかなか感慨深いものがあります。
いい映画なので、まだごらんになっていないかたは『リンカーン』とあわせてぜひどうぞ。
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