映★画太郎の映画の揺りかご


スティーヴン・スピルバーグ監督、ジェレミー・アーヴァイン主演の『戦火の馬』。

原作はマイケル・モーパーゴの児童文学とその戯曲化作品。

第84回アカデミー賞6部門ノミネート作品。



イングランドのデヴォン州。小作農民の息子アルバート(ジェレミー・アーヴァイン)に育てられたサラブレッドのジョーイは、第一次世界大戦の勃発で軍馬として売られ、戦火のなかでさまざまな人々の手に渡っていく。

以下、ネタバレあり。



とにかく本物の馬たちの演技に目を見張る。

特に後半では、どうやって撮ったのかわからないようなシーンがいくつもある。

「馬の視点で描かれる」という解説を読んで、てっきり『ベイブ』の子豚みたいに馬が人語を話す映画なのかと思ってたんだけど(≧▽≦)(どうやら原作や戯曲版はそうらしいが)、観てみたら馬のジョーイは擬人化されているわけではなくて、あくまでも一頭のサラブレッドとして描かれていた。

これは馬版『プライベート・ライアン』といっていいかもしれない。

激しい塹壕戦が『ライアン』の冒頭の戦闘シーンを思わせるというだけでなく、多くの兵士たちがマット・デイモン演じるライアン上等兵を無事祖国へ帰そうとしたように、この『戦火の馬』では敵味方を問わず何人もの人々がときに自らの命を犠牲にしてまで一頭の馬を守り抜こうとする。

ただし、この映画で戦場を駆け抜けた馬ジョーイはライアンと違って物言わぬ生き物であり、そのことでいっそうある種の「象徴性」を帯びている。

ジョーイとアルバートの出会い、そして別れまでは実話風で、貧しい小作農民が農耕馬の代わりにサラブレッドを買い、彼の息子が丹精込めて育てるが生活苦により手放さざるをえなくなるまでをじっくりと描いている。

飼い主の手をはなれたジョーイは英国軍の大尉の軍馬として戦場へ赴く。

ここまでは「本当にあった話」といわれても信じてしまいそうになる。

実際、こういうことは当時あったのだろう。

しかし騎兵隊に売られてニコルズ大尉の軍馬として戦場へ行くことになって以降は、ちょっとありえない展開が最後まで続く。

まるで「ピタゴラスイッチ」のようにジョーイの持ち主が次々と変わってゆき、そして『ロング・エンゲージメント』でも描かれた“クリスマス休戦”を思わせる英独両軍が一時停戦する場面となる。有刺鉄線にからまって身動きが取れなくなったジョーイを見て戦闘中だった兵士たちが命を危険に晒して救出に向かう。

ちなみに、この映画ではドイツ人俳優もフランス人俳優も全員が英語を話す。

すべての出演者が自国の言葉でしゃべる『イングロリアス・バスターズ』を観てしまったあとでは、ドイツ兵やフランスの老人と少女たちがみんな英語で話しだすのは不自然な感じがしてしまうのだが、アメリカの子どもでも字幕なしで観られるように、という配慮だろうか(実際、年齢制限を避けるために凄惨な戦場の場面でもほとんど血が流れない)。

フランス人のエミリー役でちょっとガブリエル・アンウォーを思わせる顔立ちの美少女セリーヌ・バケンズが話すRの発音に特徴があるフランス語なまりの英語が可愛かった。

イギリス軍に引き取られたものの足に傷を負っていたために射殺されそうになったジョーイは、育ての親アルバートとの再会によってそれを免れる。

フランス人の老人は土地まで売って作った金でジョーイを手に入れるが、もとの飼い主だったアルバートにただで譲る。

アルバートとジョーイがそれぞれ負った傷も癒えて、彼らはともに両親が待つ故郷へ帰る。めでたしめでたし。

あまりに都合の良すぎる話だと感じる人がいるかもしれない。

しかしこれを「奇跡」と呼ばれるものを“馬”という形をとって描いた寓話として見れば、「ぜったい死なない馬」が主役のストーリーの不自然さはむしろ意図的なもののようにも思えてくる。

「奇跡の馬」と呼ばれるジョーイは、けっして「幸せを呼ぶ一角獣」ではない。

ジョーイにかかわった幾人もの人々が命を失う。

ジャムを作って暮らす戦時中にしてはやけに牧歌的な祖父と孫娘、まだそこら辺にドイツ軍がいるかもしれないのに呑気に乗馬していて捕まる彼らの姿は、無情に奪い取られるイノセンスそのものだ。

なぜ彼らは敵軍の前で自分たちを危険に晒してまで、たかが馬を守ろうとしたのだろうか。

それは彼らにとって馬たちがぜったいに守らなければならない「何か」だったから。

この映画で本当に重要なのはアルバートやジョーイの感動的な再会の物語ではなく、ジョーイにかかわり、ときに命を落としもする多くの名もなき人々の方である。

紳士的だった英国軍大尉、両親との約束のために弟と逃亡して処刑されるドイツ軍の若い兵士、先ほどのフランスの祖父と少女、黒馬トップソーンとジョーイを守ろうと奮闘したドイツ軍の兵卒、命をかけてジョーイを助けようとしたイギリスとドイツの兵士たち、競売でジョーイを買い取るためにカンパしたイギリス軍の兵士たち…。

主役であるこの「馬」はただの馬ではなく、人々の“善意”や“希望”を喚起する存在、人が求める「とても大切なもの」の象徴なのだ。

戦場を駆け抜けた愛馬がふたたび飼い主のもとに帰ってくる。

「そんなわけあるかよ」というのはたやすい。

しかし映画の中で何人もの人々が自分の命を投げ出してまで守り抜こうとしたもの、その尊さを思うとき、やはり胸が熱くならずにはいられない。



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