村木嵐さんの小説を初めて読みました。
まいまいつぶろ
村木嵐
幻冬舎
九代将軍家重を主人公?とした小説です。家重は重い障害のためその言葉を誰も聞き取ることができません。ただ、一人だけ魔法のように家重の言葉を聞き取って伝えることのできる者がいました。もしかしたらこちらの方がこの小説の主人公かもしれませんが、大岡忠光という者でこの人はずっと、家重の「口」に徹しています。
その上家重は手にも足にも麻痺があり、尿を堪えることもできません。
そんな家重について、描かれるのは忠光が聞き取って伝えた言葉と、あとは行動や状況です。忠光もまた徹底的に家重の「口」に徹しています。何か心情や思惑を表現することはありません。
家重は八代将軍吉宗の嫡子です。しかし上記のような重い障害のため、廃嫡にした方が良いのではないか、いや、廃嫡となるだろうなどという周りの思惑や評判があり、それでも吉宗が家重を後継に決める、という出来事を交えながら物語が進んでいきます。
重い障害による限られた状況の中、家重と忠光は淡々と生きていきます。将軍後継となり、京から妻を迎え、妻は亡くなったものの、その御付きであった幸との間に無事後継となる男児も生まれました。ある意味、家重は幸運であったとも言えます。また、家重は郡上騒動と呼ばれる百姓一揆を収める才覚も発揮しました。
晩年、忠光が五十を過ぎて退任を申し出ます。健康上の理由です。でも、忠光がいなくなってしまったら家重は「口」をなくしてしまうわけで、周りに言葉を聞き取ってもらえず、言葉が通じなくなるのです。
それをわかっている忠光は、将軍家重に御退隠することを勧めます。家重にもそれは分かっていて、同じ頃に将軍を譲って大御所となる事を決めました。
いよいよ忠光が江戸城から出る時が来ました。片足を引き摺りながら見送りに出た家重は、誰にも聞き取れぬ言葉で、呟くのです。
忠光への感謝を
そして忠光に出会えたことへの感謝を
「忠光に出会えるなら、この次もこの体で生まれてくる」
とまで。
ずーっと外から描かれてきた家重の、これまで出てこなかった内面の言葉が、ここで初めて出てくるのがとてもいい、と思いました。