判例タイムズ1538号で紹介された裁判例です(名古屋高裁令和7年1月24日判決)。


本件は、精神障害者保健福祉手帳2級の交付を受けていた生活保護受給者に対し、福祉事務所の職員が、障害者加算の要件に該当する可能性を認識していたにもかかわらず、障害者加算を認定する保護変更立案を行わなかったことなどを理由として国家賠償請求したという事案です。


生活保護法では、生活の状況につき変動があったときは被保護者が届け出るものとされており(法61条)、本件では障害者手帳の交付を受けていたものの届出はしていなかったことから、福祉事務所がこの点を考慮しなかったとしても問題なかったのかどうかが問われました。

 

 

生活保護法
(届出の義務)
第61条
 被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき、又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは、すみやかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。

 

第一審判決が請求を棄却したのに対し、控訴審判決は、福祉事務所が精神障害者手帳の交付を受けた事実を認識し得たにもかかわらず、被保護者に精神障害者手帳の交付の有無を確認し、その提示を求めるなどの極めて容易な調査すら行わず、公務員として通常尽くすべき職務上の調査義務を漫然と怠ったとして、本来受け取ることができた障害者加算分を損害と認めて賠償を命じています。


【判旨】

・保護の実施機関は、常に、被保護者の生活状態を調査し、保護の変更を必要とすると認めるときは、速やかに、職権をもってその決定を行う義務を負う(法25条2項)ところ、保護の変更につき申請主義を定め、被保護者に法61条の届出義務が課せられているのは、極めて多数の被保護者の生計の状況等の変動を保護の実施機関の調査だけで把握することは到底困難であるからであり、被保護者の届出義務は、保護の実施機関の調査義務の端緒となる性質であること、保護の実施機関が判断するに当たっての法や実施要領等の解釈や考え方を示したものである生活保護問答集の問7-17が、「加算の認定に限らず、最低生活費の認定は、一般に本人の申告、届出が中心となって行われるべきである。

・しかし、実施機関の側においても対象者の需要発見について積極的に確認の努力をすべきである。
したがって、現業員が加算の要件に該当すると思われる者を発見したときは、ただちに実施機関として認定に必要な手続をはじめるとともに本人に対して適当な方法で申告届出を求めるべきであろう。」と記載されており、対象者の需要発見について単なる努力ではなく、積極的に確認の努力をすべきとされていること、障害者加算制度は、加算によって初めて最低限度の生活を営むことができるものであり、加算の要件があるにもかかわらず加算がされなかった場合の被侵害利益の種類・性質は被保護者の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利であり、被保護者の受ける損害の程度等は軽微とは言い難いことなどを総合考慮すれば、被保護者から障害者加算の申請や精神障害者手帳の交付を受けた事実の届出がない場合であっても、保護の実施機関において、被保護者が障害者手帳の交付を受けた事実を認識し又は認識することができたなどの特段の事情がある場合には、公務員として職務上通常尽くすべき注意義務として被保護者の障害者加算の要件該当性について調査する義務があり、これを怠った場合には、国賠法1条1項の違法性があると解するのが相当である。

・これを本件についてみるに、控訴人は、平成25年12月統合失調症を発症したと診断され、統合失調症の幻聴妄想により店舗の窓ガラスを割るという器物損壊事件で逮捕され、不起訴となるも、平成28年4月28日、C病院に措置入院となり、同日、同病院の職員から本件事務所に入院生活費についての保護の相談があったことを端緒として保護開始に至ったものであり、同年7月27日、C病院の職員から、控訴人が同日退院してグループホームに入所し、今後は控訴人が障害者総合支援法に基づく自立支援医療証を取得し、通院治療を継続する予定との連絡があり、同年8月1日、控訴人が入所していたグループホームの職員から、控訴人が同月から障害者総合支援法に基づく就労継続支援B型作業所において軽作業をするようになったとの連絡があり、同月23日、本件事務所の担当ケースワーカーが家庭訪問して控訴人にグループホーム入所後の生活状況等を確認し、B型作業所での収入があった場合には必ず収入申告をするよう伝えていたという経過のもと、控訴人が本件診断書1を提出して精神障害者手帳の交付申請を行い同年11月8日に精神障害者手帳2級の交付を受けていたところ、本件事務所長が同月30日に精神障害者手帳用の診断書料の一時扶助認定をしたこと、この一時扶助認定に当たって提出された検診料請求書が保存期間経過のため存在しないものの、精神障害者手帳更新用の診断書の検診料請求書が平成30年10月1日付けであり、一時扶助認定がされたのが同月16日であることからすれば、平成28年11月30日の精神障害者手帳用の診断書料の一時扶助認定がされた少なくとも2週間程度前の同月16日頃にはC病院から本件診断書1の写しが添付された検診料請求書が提出されたと推認できること、本件事務所の担当ケースワーカーが一時扶助認定に当たって本件診断書1の内容を確認しており、本件診断書1が精神障害者手帳用の定型の診断書であり、かつ、精神障害者手帳の等級の程度の判断に用いられる日常生活能力の程度につき2級に相当する「精神障害を認め、日常生活に著しい制限を受けており、常時援助を必要とする」に丸印が付されていたものの、本件事務所の担当ケースワーカーは、控訴人の面接時の受け答えの状況等から控訴人の統合失調症の症状は基本的には改善されているとの印象を持っていたことから、控訴人が精神障害者手帳の申請をしたが、交付を受けることはできなかったと思い込み、控訴人に精神障害者手帳の交付の有無を尋ねたり、手帳の提示を求めて等級を確認することが容易に可能であり、控訴人がその求めに応じた蓋然性が高かったにもかかわらず、控訴人に精神障害者手帳の交付の有無を尋ねたり、手帳の提示を求めなかったことが認められ、これらの事実によれば、遅くとも平成28年11月16日頃には、本件事務所の担当ケースワーカーにおいて、控訴人が精神障害者手帳の交付を受けた事実を認識することができたと認めるのが相当である。

・控訴人が精神障害者手帳の交付を受けた平成28年11月8日時点では法61条の届出をしていない(なお、控訴人は、担当ケースワーカーに精神障害者手帳を提示した旨陳述するが、担当ケースワーカーであるBが上記事実を否定する証言をしていることに照らすと、控訴人が担当ケースワーカーに精神障害者手帳を見せたことを認めるには足りない。)ものの、障害者加算を含む生活保護制度の内容は極めて複雑であるところ、実施機関においては高度の専門性を備えている一方、被保護者においては通常生活保護制度の知識や情報に乏しく、加算の要件についての知識も有していないと考えられ、控訴人が生活保護の開始に当たって受け取った確認書や3種類のパンフレットには、精神障害者手帳の交付を受けた場合には福祉事務所に届出をする義務があるとの記載はなく、本件事務所の担当ケースワーカー等の本件事務所の職員から障害者加算の制度や精神障害者手帳の交付を受けた場合には届出義務があると説明を受けたこともなかったこと、現在、名古屋市内の福祉事務所で配布されているパンフレットにも障害者加算に係る情報の記載や、精神障害者手帳の交付を受けた場合には福祉事務所に届け出る義務があるとの記載はないこと、控訴人が精神障害者手帳の交付を受けた平成28年11月8日の時点では、グループホームに入所中であり、精神障害を認め、日常生活に著しい制限を受けており、常時援助を必要とする状態で、日常生活能力のうち社会的手続や公共施設の利用については援助があればできるという状態で、日常生活全般において施設職員の見守りや相談援助によって生活が成り立っている状態であったことからすれば、控訴人が精神障害者手帳の交付を受けた時点で、交付を受けた場合には届出義務があることを認識することは困難であって、法61条の届出をしなかったことについて過失があると認めることはできない。

 

・精神障害者手帳用の診断書を取得したからといって精神障害者手帳の交付を受けるとは限らないし、精神障害者手帳の交付を受けたことを推認できる具体的な事実もなかったのであるから、本件事務所長らが控訴人が障害者加算の要件該当性を容易に認識し得たとはいえない旨の被控訴人の主張について
 しかしながら、前記のとおり法61条の届出義務が、多数に上る被保護者の生計の状況等の変動を保護の実施機関の調査だけでは把握することが到底困難であることから定められたものであって、調査義務の端緒となる性質であることに加えて、障害者加算の制度が加算があって初めて最低限度の生活を営むことができるものであり、加算の要件があるにもかかわらず加算がされなかった場合の被侵害利益が被保護者の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利であり、被保護者の損害の程度等が軽微とは言い難いことなどからすれば、公務員として職務上通常尽くすべき注意義務としての調査義務としては、被控訴人が主張するような保護の実施機関において被保護者の保護の変更を必要とすることが明白であったか、そのことを容易に認識し得たといった事情までを要するとはいえず、精神障害者手帳の交付を受けたことを認識し、又は認識し得た場合には公務員として通常尽くすべき注意義務として調査義務を負うと解するのが相当である。
 そして、控訴人がそれ以前から障害者総合支援法に基づく自立支援医療制度や就労継続支援といった精神障害者が利用できる福祉サービスを利用していたことからすれば、控訴人が精神障害者手帳用の診断書を取得しながら精神障害者手帳の申請をしないということはおよそ想定し難いことであったと認められるし、担当ケースワーカーの控訴人の統合失調症の症状が基本的に改善しているとの認識は、精神科医師の診断書や意見等の専門的意見に基づくものではなく主観的な印象にすぎず、しかも、担当ケースワーカーは、本件診断書に係る診断料の一時扶助認定に当たり、本件診断書を確認しており、その目的が控訴人宛ての診断書であることの確認であることを踏まえても、本件診断書が精神障害者手帳用の定型の診断書であり、かつ精神障害者手帳の等級の程度の判断に用いられる日常生活能力の程度につき2級に相当する「精神障害を認め、日常生活に著しい制限を受けており、常時援助を必要とする」に丸印が付されていることからすれば、自らの主観的印象が精神科医師の診断とは異なることを容易に認識できたと認められ、平成28年11月16日頃当時、控訴人が精神障害者手帳の交付を受けたことを推認できる具体的な事実がなかったとは認められず、むしろ控訴人が精神障害者手帳の交付を受けたことを認識することができた具体的な事実が存在したと認めるのが相当である。
 

 

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