判例タイムズ1538号で紹介された事例です(福岡地裁令和6年10月11日判決)。

 

 

取締役を退任したとしても、それによって取締役が欠けたり、定数に満たなくなったりした場合は、後任の取締役が選任されるまでの間は、退任した取締役であってもなお取締役としての責任を有する者と定められています(会社法346条1項)。

 

会社法

(役員等に欠員を生じた場合の措置)
第346条1項 
役員(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役若しくはそれ以外の取締役又は会計参与。以下この条において同じ。)が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した役員は、新たに選任された役員(次項の一時役員の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する。

 

本件は、原告会社の一人株主で、唯一の取締役であった被告が、株式を譲渡して取締役も退任して代表印なども引き渡したが、後任の取締役が選任されないうちに、原告会社(実際には、原告会社の株式の譲渡を受けた会社の代表者)が交付金詐欺を行ない、そのため原告会社が損害賠償請求を受けて支払いを命じられたところ、原告会社から交付金詐欺の当時取締役とされたままになっていた被告に対し、交付金詐欺を防止すべき義務等があったにもかかわらずこれを怠った任務懈怠があるなどとして責任追及がされたという事案です。

 

 

【判旨】

・新たに原告の一人株主となったC社を支配していたAは、原告の後任となる取締役を選任せず、むしろ被告の辞任登記が未了であることを奇貨として、被告の名義を悪用し、本件交付金詐欺を実行したものと認められる。
・そうすると、当時の原告は、C社を唯一の株主とするいわゆる一人株主であって、本件交付金詐欺を実行したAと実質的にほぼ同一視し得る立場にあったといえるから、そのような原告が本件交付金詐欺によって発生した損害賠償請求権をA以外の第三者に対して主張することは信義誠実の原則に照らして問題があるものといわざるを得ない。

・その上、Aが実効的に支配していた原告は、被告が代表取締役を辞任する旨の意思表示をした後、故意に後任となる取締役を選任せず、むしろその状態を悪用して本件交付金詐欺を実行したというべきであるから、そのような原告が、被告の後任となる取締役が選任されなかったために取締役の権利義務が存続していたとして、被告に対し、会社法423条1項に基づく責任を追及することは、一種の矛盾挙動ともいうべき行為である。

・そうすると、被告が権利義務取締役として任務懈怠責任を負うとする原告の予備的請求は、信義則に反するものといえ、かつ、このような責任追及をすることは権利濫用にも当たるというべきである。