「司法と国民の感覚、違いに驚く」危険運転認めない判決に遺族ら怒り:朝日新聞

 

大分市で2021年、時速194キロで車を走行し、死亡事故を起こした罪に問われた元少年(24)の控訴審判決。
福岡高裁(平塚浩司裁判長)が認定したのは危険運転致死ではなく、過失運転致死罪だった。

(1月22日朝日新聞デジタル公開記事から一部引用)

 

法律的には、危険運転致死傷罪の「その進行を制御することが困難な高速度」に当たるかということが問題となります。

 

 

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律

(危険運転致死傷)
第二条 
次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の拘禁刑に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期拘禁刑に処する。
 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為

 

時速194キロというスピードが「進行を制御することが困難な高速度」に当たらないのはおかしいというのは一般の感覚からすれば当然のことであろうかと思います。

しかし、条文の文言が単なる「高速度」ではなく、「その進行を制御することが困難な」高速度であるとされていることから、これをどう解すべきなのかということで一般の感覚とのずれが生じていることになります。

 

 

裁判実務の多数の見解としては、「進行を制御することが困難な高速度」とは、そのような速度での走行を続ければ、ハンドル又はブレーキの操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させることになるような速度をいもうのとされれます。

 

 

今回の判決もそのような見解に沿ったもののようで、下記で紹介したような事案と異なり、事故現場の道路が直線であったことも影響しているものと思われます。

また、時速194キロというスピードで自動車を走らせた場合に運転を制御できるものなのかという点について、そのような経験などない人の方が圧倒的であり、記事を読む限りでは、本件では検察側がその立証に失敗したということのようです。

 

 

「進行を制御することが困難な高速度」に当たり,危険運転致死傷罪の故意が認められるとされた事例 | 弁護士江木大輔のブログ

 

 

高速度であればそれだけ事故が起こる危険性も高まるのですから、単純にスピードを基準にして切り分けたほうがシンプルで一般の感覚にも合致しているようにも思われますが、裁判例の中には時速45キロであっても山道の湾曲するカーブで起こした事故について危険運転致死傷罪の成立を認めたものもあり、単にスピードのみで切り分けると今度はこうした行為を処罰することができなくなる可能性もあります。