判例時報2635号で紹介された裁判例です(静岡地裁令和7年1月30日判決)。

 

 

本件は、私立小学校の校舎内において、在籍児童の原告の顔面を別の在籍児童の足が直撃する事故が発生し、原告は永久歯の破折等の傷害を負い、その後、転校するなどしたところ、本件事故後の状況は、いじめ防止対策推進法28条1項1号及び2号に定める重大事態に該当したにもかかわらず、学校が同項所定の調査をしなかったことにより、原告の法律上保護された利益が侵害され、精神的苦痛を被ったと主張し損害賠償請求がされたという事案です。

 

 

いじめ防止対策推進法28条1項は、次のように定めて、重大事態が発生した場合に、学校の設置者又はその設置する学校に事実関係の調査をすべきことを定めています。

 

 

いじめ防止対策推進法

(学校の設置者又はその設置する学校による対処)
第28条1項 
学校の設置者又はその設置する学校は、次に掲げる場合には、その事態(以下「重大事態」という。)に対処し、及び当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資するため、速やかに、当該学校の設置者又はその設置する学校の下に組織を設け、質問票の使用その他の適切な方法により当該重大事態に係る事実関係を明確にするための調査を行うものとする。
 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。
 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。

 

本件において、判決は、本件事故が28条1項の調査を要すべき重大事態に該当するとした上で、学校により行われた調査が法が求めている調査としては認められないとし、原告が求めた慰謝料と弁護士費用の全額(55万円)を認容しました。

 

 

【要旨】

・28条調査は、児童等が、いじめにより生命、心身若しくは財産に重大な被害が生じた疑いがあると認められ、又は相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認められる状況において、当該重大事態に対処し、及び当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資する目的で、当該重大事態に係る事実関係を明確にするための調査であり、このような目的が実効性を有するためには、当該重大事態の原因となった背景的事実関係の解明を要し、このようにして解明された原因事情を除去等することで初めて、当該重大事態と同種の事態の発生の防止が可能になるというべきである。

・推進法上、いじめとは、被害児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう(同法2条1項)のであるから、重大事態の背景となる過去から連続する関係児童等の人的関係を含む事実関係をも明確にするのでなければ、当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資するところはないと考えられる。

 すなわち、このような背景的事実関係の解明に踏み込まない表層的な事実関係を確認するだけでは28条調査として足りず、表層的事実関係の確認やこれに基づいた場合にありがちな弥縫的な対処は、推進法28条の趣旨とするところではないというべきである。同条が、個別の教職員による調査でなく、当該重大事態に即した組織を設け、かつ、質問票の使用その他の適切な方法による調査を要請しているのは、いじめの背景的事実関係を最も熟知するのは関係児童等であるところ、児童等はいまだ心身の発達過程にあって、成人の教員等や児童等どうしの関係などからも成人以上に暗示等の影響を受け、迎合や事実を率直に語らないなどの行動に出やすいと考えられることから、重大事態の背景的事実関係の解明がこのような心理的作用により歪曲されることがないよう、極力個々の人的関係等の影響を排した客観的で心理的安全性及び透明性の高い手続、方法によるべきことを組織的に共有した上で、多角的な情報を収集すべきことを定めた趣旨のものと考えられる。
・したがって、このような趣旨が全うされるのでなければ、28条調査の履行が果たされたとはいえない。

 

・被告は、本件事故当日の聞き取りと、これに引き続く同年2月24日から同年3月6日にかけての関係児童からの再度の事情の聞き取り等をもって、組織を設けてした28条調査に当たると主張するものであるが、そこで調査チームとして主張されている実働人員は、教頭と養護教諭、原告及び訴外児童の各担任教諭4名のいわば寄せ集めであり、これらの者の間で、関係児童への暗示等の影響を回避すべきことなどの調査の前提が共有されていた形跡もないまま、極めて短時間のうちに実際の関係児童の聞き取りに動いてしまっていたことが認められる。このような聞き取りは、方針や方法の共有された組織としての調査の態をなしているとはいえず、まずもって、組織を設けた調査としての実質を備えているとはいえない。
・また、実際に行われた関係児童からの聞き取り内容を見ても、本件班活動中にどのような経緯で原告が受傷したのか、その直前直後の事実経過を明らかにすることに終始していて、この点は本件事故から日を空けた後の事情聴取においても基本的に変わるところがない。

 すなわち、被告小学校においては、重大事態と同種の事態の発生の防止に資するだけの過去から連続する関係児童等の人的関係を含む背景的事実関係を明確にする意図は有していなかったと認めるほかないから、この点においても、28条調査の趣旨を満たすものであったとはいえない。

 これと関連して、上記のような聞き取り内容についての不備を度外視するとしても、その方法においても、本件事故直後に関係児童への暗示等の影響を考慮しないで行われた聞き取りと仲直りの指導は、推進法28条の定める適切な方法による調査とは程遠い不適切な方法によるものというべきであり、初動的な聞き取り等がこのように暗示等の影響があり得る形で一度行われてしまった以上、その後に関係児童の再度の聞き取りを行うなどしても、それのみでこのような方法の不適切性を払拭できるものでもない。
・以上に加えて、被告小学校は重大事態が発生した場合にしなければならないとされている静岡県知事への報告(推進法31条1項)を怠っており、かつ、被告は、本件第2回弁論準備手続において従来の主張を撤回するまで、本件事故後の状況が1号重大事態に該当するとの原告の主張を争うなどしていた本件の経緯にも鑑みると、被告においては、本件事故を、日本語の一般的な意味における重大事故としては一定の認識をしていたとしても、推進法28条の定める重大事態として対処すべきであるとの認識を欠いており、それ故に、同条の趣旨とするところではない表層的事実関係の確認とこれに基づく弥縫的な対処に及んでしまったものと推認するほかないというべきである。

・推進法28条所定の重大事態は、その定義の中に「疑いがある」ことを取り込んでおり、28条調査は、疑いがあるかないかを見極めることを主目的とする調査ではないのに、被告において、本件事故後の状況が1号重大事態に当たることを争わないとしつつ、「本件事故後には重大事態の『疑いがある』と認識していた」旨の主張を展開しているのも、推進法上の重大事態の位置付けについて正しく理解していないことを示唆するものといえる。