判例タイムズ15あヌ号で紹介された事例です(横浜地裁令和6年1月31日判決)。

 

 

本件は、てんかんの持病があった入所者(当時28歳)がてんかん発作を起こしたが、救急要請が遅れ(午後6時48分にBが全身けいれん発作を起こして声掛けに応じない状態であることを確認し、午後6時58分にその眼球が左右に転じ、鼻呼吸が荒く、泡を吐いていること、その後もけいれんが継続していること等を確認したが、午後8時26分になって初めて救急要請した)死亡したことにつき注意義務違反があったとして入所先の障害福祉施設に対する損害賠償請求がされた事案です。

 

 

本件では、以下の事情が指摘され、施設の注意義務違反が認められています。

・入所に際し、第1回発作及びそれ以降の抗てんかん薬の服用の事実が被告施設に伝えられていたこと。

・被告施設医師から入所者に同薬が処方されるとともに、利用者台帳等を通じて被告施設内で入所者のてんかん及び抗てんかん薬の服用に関する情報が共有されたこと。

・第2回発作を受けて、入所者に対する抗てんかん薬の処方が強化され、救急搬送の経緯及び同様の症状が現れた場合は今回のように救急要請し救急隊到着までは気道確保及び状態観察に努めることという医師の説明が、被告施設職員(主任)から被告施設に対して報告され、看護記録にもそのような対応方針が記載されていたこと。

・医師の上記説明は、てんかんのけいれん発作が5分以上持続する場合はてんかん重積となる可能性が高く、直ちに気道確保、酸素投与、ジアゼパム投与による治療を開始することが求められるという医学的知見を前提に、重度障害者に対する医療等の必要な支援を行うため、医師、看護職、その他スタッフ等相当数の職員が配置されていた障害者福祉施設において、必ずしも医学的知見を持たずとも、入所者に関する情報を共有している職員であれば、具体的にとることが可能であり、またとるべき対応を述べたものと考えられること。

・第2回発作時の救急要請が発作発生から約9分で実施されていることからすれば、それと相違ない時間内での速やかな救急要請を求めたものと理解できること。

・被告施設職員は、てんかんを持つBにけいれん発作が持続していることを認識した場合は、10分以内に救急要請すべき注意義務を負っていたというべきである。

・本件発作時てんかん重積により低酸素血症を起こして心肺停止に至って死亡したところ、本件発作前の入所者の状態及び第2回発作時の経過に加え、てんかん重積の死亡率に関する一般的傾向や、入所者が本件発作当時28歳という若年であったこと、てんかん重積に対しては発作発生から24時間経過時までその時間経過及び種々の薬剤の効き具合に応じて段階的な治療が行われていることなどを考慮すると、本件発作が3回目であったことを踏まえても、本件発作発生から20分以内に救急隊による救急処置を受けた上、30分以内に病院においてジアゼパム投与を始めとするてんかん重積に対する適切な治療を受けていれば、入所者が死亡した時点でなお生存していたであろう可能性は高かったものと考えられる。

 

 

また、損害について、被告施設は、入所者に重い後遺障害が残存した可能性が高いことは逸失利益(平均余命まで生存していたであれば得られたであろう障害年金の受給)の算定に当たり相応に重視されなければならないと主張しました。

この点につき、判決は、被告施設職員が午後6時58分に救急要請していたとすれば、本件発作発生から30分以内に病院において治療を受けることができたと考えられるところ、発作が30分以上持続すると後遺障害を残す危険性があることからすると、入所者に避けられない後遺障害が残った可能性は否定できないが、入所者は、本件発作前から肢体不自由、四肢体幹機能障害、高次脳機能障害で障害者手帳1級の交付を受け、日常生活のほとんどの面で介助を必要とする状態にあって、障害基礎年金を受け取っていたのであるから、仮に本件発作により避けられない後遺障害が生じていたとしても、基礎収入の算定に影響を与えるような事情ではないと考えられるとしました。
また、推定余命について、本件発作前は、被告施設医師による薬物療法を受けて比較的安定した状態にあったのであり、早期の死を予測できるような具体的事情があったとは証拠上認められないこと、てんかん患者は健常者に比して早死にするリスクが2~3倍あり、突然死のリスクは25倍程度と報告されているものの、てんかんにおける突然死の発生率は成人患者1000人当たり年間1.2人であって、そもそもかなり低いとされていること、さらに、本件発作により入所者に避けられない後遺障害が残った可能性は否定できないとしても、それによりその余命が短くなるという具体的根拠は示されていないことなどからすると、入所者が平成30年当時の同年齢(28歳)男性の平均余命まで生存した可能性は低いとはいえず、被告施設職員の過失により入所者が死亡することがなければ、平均余命までのその後53年間、障害基礎年金を受給することのできた蓋然性が高いものと認められると判断しています。

 

 

障害を有する年少者の逸失利益の算定の一事例 | 弁護士江木大輔のブログ