労働判例1299号で紹介された裁判例です(千葉地裁令和5年6月9日判決)。

 

 

本件は、福祉サービス事業所を運営している社会福祉法人に勤務していた原告が割増賃金を請求したという事案ですが、夜間の泊まり勤務時間帯が労働時間に該当するかどうかが争点とされました。

 

 

(判決)

・労基法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、上記の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであるから、労働者が実作業に従事していない時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法32条の労働時間に当たる。そして、実作業に従事していない時間であっても労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁、最高裁平成9年(オ)第608号・第609号同14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁参照)
・認定事実によれば、被告の運営するグループホームにおいては、その性質上、毎日、午後9時から翌朝6時までの夜勤時間帯にも生活支援員が駐在する強い必要性があり、各施設につき1人の生活支援員が宿泊して勤務していたこと、入居者の多くは、知的障害を有し、中にはその程度が重い者や強度の行動障害を伴う者も含まれていたこと、特にグループホームDにおいては複数の入居者が頻繁に深夜又は未明に起床して行動し、その都度生活支援員が対応していたこと、原告は生活支援員としてDほか3か所のグループホームで勤務してきたことが認められる。
・以上によれば、原告が夜勤時間帯に生活支援員としてグループホームに宿泊していた時間は、実作業に従事していない時間を含めて、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができるから、労働からの解放が保障されているとはいえず、使用者である被告の指揮命令下に置かれていたものと認められる。
・よって、夜勤時間帯は全体として労働時間に該当する。

・労基法37条の割増賃金は、「通常の労働時間又は労働日の賃金」を基礎にして計算されるところ、前記前提事実のとおり、本件雇用契約においては、基本給のほかに、1日当たり6000円の「夜勤手当」が支給されていたほか、基本給の6%に相当する夜間支援手当が支給されていたことが認められ、これによれば、本件雇用契約においては、夜勤時間帯については実労働が1時間以内であったときは夜勤手当以外の賃金を支給しないことが就業規則及び給与規程の定めにより労働契約の内容となっていたものと認められる。そして、このように1回の泊まり勤務についての賃金が夜勤手当であるとされていたことに照らすと、夜勤手当の6000円は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価として支出されることになるので、その間の労働に係る割増賃金を計算するときには、夜勤手当の支給額として約定された6000円が基礎となるものと解される。
・したがって、被告における夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、750円であると認めるのが相当である。

・夜勤時間帯が全体として労働時間に該当するとしても、労働密度の程度にかかわらず、日中勤務と同じ賃金単価で計算することが妥当であるとは解されない。労基法37条が時間外、休日又は深夜の労働について使用者に割増賃金の支払を義務付けている趣旨は、これによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとすることにあるものと解されるが、日中勤務と比べて労働密度の薄い夜勤時間帯の勤務について、契約において特に労働の対価が合意されているような場合においては、割増賃金算定の基礎となる賃金単価について前記(3)のように解することが労基法37条の上記の趣旨に直ちに反するものとは解されない。そして、認定事実によれば、被告の運営するグループホームにおいては、入居者の多くが知的障害を有し、中にはその程度が重い者や強度の行動障害を伴う者も含まれていたことが認められるものの、入居者も夜間は基本的に就寝していると解される。また、夜間支援記録(書証略)によれば、具体的な業務の発生する頻度にはグループホームごとに差があることが認められ、このことからは、常駐する生活支援員の労働密度が一律に高かったとは認められない。

 

 

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