判例タイムズ1505号で紹介された事例です(名古屋地裁令和4年12月26日決定)。

 

 

本件は,簡易裁判所が民訴法18条に基づいてした地裁への移送の是非が問題とされたものです。

 

 

民事訴訟法

(簡易裁判所の裁量移送)
第18条 
簡易裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、相当と認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部をその所在地を管轄する地方裁判所に移送することができる。

 

 

本件は,簡裁に提起された交通事故訴訟で,5回の口頭弁論を経て,簡裁では被告の一方的過失との心証を抱いたようでそのような内容に沿った和解勧試もされましたが,被告側が同一の交通事故について地裁に対し損害賠償を求める別訴を提起するとともに,簡裁事件の地裁への移送と併合を求め,移送がされましたが,これについて不服申し立てがされたものです。

 

この点についての地裁の判断は次のようなものです(今回の移送は簡裁の裁量を逸脱しているが,結論としては移送を肯定)。

(1)簡易裁判所は,訴訟がその管轄に属する場合においても,相当と認めるときは,申立てにより又は職権で,訴訟の全部又は一部をその所在地を管轄する地方裁判所に移送することができる(民訴法18条)。同条は,簡易裁判所の事物管轄に属する事件であっても,事案の難易等に鑑み,同裁判所の合理的な裁量によって,訴訟の全部又は一部を地方裁判所に移送することを認めているものである。
 しかし,このような簡易裁判所の裁量は,無限定なものではなく,充実した手続を実施することで,可能な限り迅速に裁判をすべき義務(裁判の迅速化に関する法律6条)から導かれる受訴裁判所(簡易裁判所を含む。)の職責はもとより,簡易な手続により迅速に紛争を解決すべきという簡易裁判所の特色(民訴法270条)を踏まえると,既に簡易裁判所において相当程度審理が尽くされており,そのまま同裁判所が判断すべき事件である場合など,地方裁判所に移送することで審理が不必要に長期化することが認められるような場合は,裁量を逸脱するものとして移送が許されないものというべきである。
 

(2)本件について検討するに,基本事件は,交通損害賠償事件として一般的な事件の範疇にあり,現に,原審は,和解案を提示できている以上,これ自体が簡易裁判所の審理になじまないものとはいえない。
 また,原審は,訴訟が係属してから第1回目の和解案を提示するまでの約8か月間,争点整理をし,当事者に主張立証をさせた。そして,当事者の主張立証に基づき,和解案を提示し,これに対する反論を踏まえて再考までしている。そうすると,原審は,十分な争点整理を経た上で,一定の心証形成ができているのであるから,自ら行った争点整理の結果を踏まえ,当事者尋問等の必要な証拠調べを行ったうえで判断すべき状態にあったというべきである。
 この点,抗告人は,相手方らに対し,デジタルタコグラフの提出を求めているが,これが提出されたとしても,客観的な証拠を評価するのみであり,上記の事情に変わりはない。
 以上の次第であり,基本事件のみを検討するならば,抗告人が,簡易裁判所における判断を求めていたにもかかわらず,原審が基本事件を移送したことは,簡易裁判所の職責に照らし,その裁量を逸脱しているものといわざるを得ない。

 

(3)しかし,本件では,令和4年11月17日に名古屋地方裁判所に提訴された別訴事件があり,基本事件と事故態様等といった主要な争点が共通する。そして,別訴事件の訴訟物の価額が140万円を超えること,別訴事件にも固有の争点があること,基本事件について和解が困難な状況となっていることに鑑みれば,基本事件を名古屋地方裁判所において審理しても,一体的な解決が遅滞するとはいえないし,両事件について共通した判断を得る利益を実現するためには,基本事件を名古屋地方裁判所において審理することが相当である。

 

 

移送についての規定 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)