民事訴訟法における移送の規定について備忘録です。

 

まず,管轄権が無い裁判所に訴訟提起がされた場合について,当事者の申立て又は職権により,当該裁判所は,管轄権を有する別の裁判所に移送することができます(民訴法16条1項)。

通常は,訴訟の取り下げを求められることが多く,また本来管轄違いであれば却下するのが原則ですが,取下げや却下後に再び訴訟提起するということになると印紙代がかさむことになったり,また,時効の関係で利益を失うことになるため,移送により当事者の利益に配慮したものです。

なお,旧法では申立てによる移送については明文がなかったものの,現在の民訴法では当事者の申立権を認めています。

 

 

 
(管轄違いの場合の取扱い)
民事訴訟法第16条1項 裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。

 

なお,簡易裁判所が管轄権を有する訴訟について地方裁判所に訴訟提起がされたときは,相当と認めるときは地方裁判所は自ら審理することができます(自庁処理)。

本規定に基づき,訴額自体は低額であっても複雑困難であるような事案においては最初から地裁に提訴し審理するように求めているのが実情です。

 

(管轄違いの場合の取扱い)
民事訴訟法第16条第2項 地方裁判所は、訴訟がその管轄区域内の簡易裁判所の管轄に属する場合においても、相当と認めるときは、前項の規定にかかわらず、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部について自ら審理及び裁判をすることができる。ただし、訴訟がその簡易裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属する場合は、この限りでない。
 

 

実務上よく申し立てられているのは民訴法17条に基づく移送で,これは,複数の管轄権のある裁判所のうちの一つの裁判所に提訴されたものの,当該裁判所が条文に規定された諸事情を考慮し,別の管轄裁判所に移送するというものです。

原告が居住する裁判所に提訴されたものの,被告が遠方であるといった場合に申し立てられることが多いといえます。

 

 

(遅滞を避ける等のための移送)
民事訴訟法第17条 第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができる。

 

民訴法18条は,管轄権のある簡易裁判所が,別の管轄権のある地方裁判所に対して移送することを定めた規定です。

 

 
(簡易裁判所の裁量移送)
民事訴訟法第18条 簡易裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、相当と認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部をその所在地を管轄する地方裁判所に移送することができる。

 

民訴法19条は必要的移送と呼ばれるもので,当事者の申立てと相手方の同意がある場合には一定の場合を除いて移送しなければならないとするものです。

 

(必要的移送)
民事訴訟法第19条 第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者の申立て及び相手方の同意があるときは、訴訟の全部又は一部を申立てに係る地方裁判所又は簡易裁判所に移送しなければならない。ただし、移送により著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき、又はその申立てが、簡易裁判所からその所在地を管轄する地方裁判所への移送の申立て以外のものであって、被告が本案について弁論をし、若しくは弁論準備手続において申述をした後にされたものであるときは、この限りでない。
2 簡易裁判所は、その管轄に属する不動産に関する訴訟につき被告の申立てがあるときは、訴訟の全部又は一部をその所在地を管轄する地方裁判所に移送しなければならない。ただし、その申立ての前に被告が本案について弁論をした場合は、この限りでない。

 

なお,管轄裁判所による移送を定めた民訴法17条から19条までの規定は,管轄がその裁判所のみにあると定められた専属管轄の場合には適用されないこととされています(民訴法20条1項)。当事者の合意により専属的に管轄が定められた場合(専属的合意管轄 民訴法11条)については除かれています。

 
 
 
(専属管轄の場合の移送の制限)
民事訴訟法第20条1項 前三条の規定は、訴訟がその係属する裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属する場合には、適用しない。

 

 

また,特殊なものとしては,上告審である高等裁判所の意見が最高裁と異なる場合の最高裁への移送というものもあります(民訴法324条)。

 

(最高裁判所への移送)
民事訴訟法第324条 上告裁判所である高等裁判所は、最高裁判所規則で定める事由があるときは、決定で、事件を最高裁判所に移送しなければならない。

 

移送についての判断は決定で行い,移送の決定または却下の決定に対しては即時抗告をすることができます(民訴法21条)。

移送の決定が確定した場合,訴訟は最初から受送裁判所に係属していたものとみなされることになります(民訴法22条3項)。なお,移送を受けてた裁判所は,移送の決定に拘束され,事件を返送したり転送したりすることはできません(民訴法22条1項2項)。そうしなければ事件がキャッチボールのように延々と行ったり来たりを繰り返してしまうからです。