下記で紹介した裁判例の控訴審判決になります(東京高裁令和3年10月29日判決 判例タイムズ1505号など)。

 

 

医師が内視鏡を用いて大腸から異物を強制的に採取した措置の適法性 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

 

控訴審においても,以下のとおり説示して,本件強制処分は身体への侵襲の程度等も踏まえた高度の捜査上の必要性を欠いている上,その根拠となった各令状も,この点の実質的な審査を欠いたまま発付されたと認められるから,本件強制処分には重大な違法があり,将来の違法捜査を抑止する観点からも,本件SDカードの証拠能力を否定することが相当であるとして,本件各証拠の証拠能力を否定した第一審判決の判断を是認してます。

 

 

内視鏡による異物の強制採取のリスクについて

・同意を得て実施する医療行為としての大腸内視鏡検査や,その際の鎮静剤の投与による偶発症発生のリスクは,一般的には極めて低いといえるが,それでも生命に関わる重篤な事態が生じるリスク自体はあるのであり,鎮静剤の投与についても同様である。しかも,内視鏡による異物の強制採取は,上記のような重篤な事態が生じるリスクが否定できない措置を,対象者の意思に反して強制的に実施する点において,仮に身体上ないし健康上の障害を起こすことがあっても,軽微なものにすぎないと考えられている強制採尿とは,質的な相違があることは否定できない。また,上記のデータは,あくまでも通常の医療行為として,基本的には本人の同意に基づいて行われる場合のものであり,内視鏡による異物の採取を,本人の意思に反して強制的に実施した場合のリスクを適切に見定めることのできるデータは存在しない。

・医療行為として実施される大腸内視鏡検査は,対象者の既往歴や手術歴,アレルギー等を把握するための問診表の作成,前処置である下剤の服用や検査食の摂取,絶食,検査時は安静にして,医師の指示に従って体勢を保持することなどについて,対象者の協力が前提とされているところ,対象者が同意していない場合のリスクとしては,対象者が内視鏡挿入中に動いたり暴れたりすることだけではなく,処置の前提となる適切な情報提供がされない,体勢の保持を含めて必要な医師の指示に従わない,医師に話し掛けるなどして,医師が手技に集中できない状況を作出するなど,様々なものを想定することができる(なお,後述のとおり,対象者の意思に反し,鎮静剤を用いて意識レベルを低下させ,半覚醒状態にすること自体も,対象者の人格的利益に対する重大な侵害とみる余地がある。)。そうすると,鎮静剤の投与を前提とした所論を踏まえても,内視鏡による異物の強制採取と,医療行為として実施される大腸内視鏡検査を同視することはできないというべきである。また,一般的な大腸内視鏡検査の場合とは異なり,内視鏡による異物の強制採取は,異物を体内から採取することが前提とされているという相違点があることも看過できない(なお,本件SDカードは,長辺約1.5センチメートル,短辺約1.0センチメートルと小さくはない。)。

・被告人が本件強制採取に同意していないことによるリスクについて,あらかじめ具体的に想定していたと認めることも困難である。すなわち,本件各令状請求の疎明資料となっている本件各報告書のうちの電話照会結果報告書(原審甲77)には,D医師から聴取した内容として,肛門の触診や浣腸の際,被告人がかなり痛がっており(D医師の証言によれば,痔を患っていたものと認められる。),肛門から内視鏡を入れるときに,被告人が痛がって暴れるおそれがあって,暴れられたりすると管が腸管等を傷つけたり,穴を開けたりするおそれがあり,そうなると腹腔内で出血して緊急手術をしなければならない事態になるので,鎮静剤を使って眠らせて検査を実施したいという趣旨が記載されている(なお,鎮静剤の使用によっても,半覚醒状態になるにとどまるものと認められるから,上記電話聴取書を含む本件各報告書の「眠る」という表現は,不正確な記載である。)。しかしながら,他方で,被告人が同意していないために,本件強制採取の際に抵抗されるなどする可能性があることは全く指摘されていない。そうすると,D医師が念頭に置いていたのは,被告人が痛みのために暴れたり,動くなどする可能性であって,被告人が同意していないためにどのような問題が生じ,それに対してどのように対処するのかを具体的に想定していたとは認められない。

 

 

内視鏡による異物の強制採取による精神的な打撃について

・本件強制採取は,内視鏡の管を肛門から約80センチメートルも挿入する身体内奥部への侵襲であることに加え,その状態が相当時間(原判決の認定は数十分)続くものである。したがって,内視鏡挿入の局面に限ってみても,精神的打撃の程度は,一般的には強制採尿よりも大きいものと考えられる。さらに,内視鏡による異物の強制採取については,強制採尿と異なり,前処置としての相当量の下剤の服用による複数回の排せつや,絶食等も必要となり,この点も相当程度の身体的苦痛を与えるものである上,その屈辱感も看過できないことは原判決が説示するとおりである(そもそも,意思に反して下剤を服用させること自体,裁判官の発付する令状なくして行うことは許されない。)。
 また,本件強制採取においては,鎮静剤が使用され,被告人を半覚醒状態にした上で本件異物の採取に至っている。そして,被告人は,公判で,鎮静剤の作用により,眠るまでには至らないが,記憶が遠くなってきて,気が付いたら終わっており,何をされたかは一切分からない旨供述するところ,意思に反して意識レベルを低下させた上,身体の内奥部を対象者が詳細を把握できないうちに探索することについても,それ自体として,対象者に大きな精神的打撃を与え得る行為であって,対象者の人格的利益に対する重大な侵害とみる余地がある。

 

 

本件SDカード取得の必要性について

・被疑事実が住居侵入であることから,直ちに軽微な事案ということにはならないが,住居侵入罪は,その法定刑に照らせば,刑罰規定全体の中で重罪とは位置付けられていないことも明らかであり,罪名自体から高度の捜査上の必要性が推認される犯罪とはいえない。

・強制採血は,内視鏡による異物の強制採取と比較して,身体への侵襲の程度がはるかに軽微であるから,住居侵入罪よりも法定刑が軽かった酒気帯び運転罪について,令状により強制採血が行われていたことが,内視鏡による異物の強制採取を許容する根拠となるものではない。また,所論が指摘する刑訴法の規定を踏まえても,住居侵入罪よりも法定刑が重い罪は多く見られることに照らすと,相対的には住居侵入罪が重大な罪といえないことは明らかである。

・ここでは本件強制処分を許容できる高度の捜査上の必要性が肯定できるかが問題となるところ,原判決が説示するとおり,本件強制採取の実施時点では,本件SDカードへの映像データの保存の有無やその内容は不明であり,第4事件の際の映像データが残されている可能性が存在したにとどまる。被告人がビデオカメラを所持していたことや,本件SDカードを嚥下していることに照らすと,被告人が第4事件に及んだ際に盗撮していたことが,少なくとも一定程度推認できるとはいえ,盗撮目的でビデオカメラを所持していたとしても,すぐに家人に気付かれるなどして撮影に至らないことや,撮影に失敗して意味のある映像データが存在しないことも十分考えられるし,第4事件の際に盗撮に及んでいないとしても,他の犯罪の証拠となる映像データがあったことから,本件SDカードを嚥下した可能性も十分に考えられる。したがって,本件各令状が請求された時点において,本件SDカードについて,所論が指摘するような本件対象事件の重要な証拠となった可能性が高いと認めることには疑問がある。他方で,仮に本件SDカードに第4事件の際の映像データが残されていないとしても,そのことから被告人が第4事件に及んでいないことにならないことも当然であり(なお,所論は,本件SDカードに被告人が第4事件に及んだことと矛盾する映像データがあった場合には,犯人性の認定に疑義を抱く事情になり得るともいうが,原審証拠を検討しても,そのような可能性があることをうかがわせる事情は認められない。),現に,捜査を担当した検察官は,本件強制処分による本件SDカードの採取・分析に先立ち,本件対象事件を起訴している。以上によれば,覚醒剤自己使用の事案については,強制採尿により取得した尿を鑑定して覚醒剤成分が検出されれば,尿の採取から一定期間内の覚醒剤摂取の事実が明らかになることと比較して,本件SDカードが本件対象事件の事案の解明に役立つ可能性の程度は限定的であったというべきである(なお,覚醒剤自己使用の事案における強制採尿については,早期に尿を取得しなければ,尿中から覚醒剤成分が検出されなくなるが,本件SDカードについては,その排出を待つことで大きな変質を来すことは考えられないから,この点でも事情が異なる。)。

・件SDカードについては,これを取得して,保存されている映像データの有無・内容を確認・検討しなければ,本件対象事件の起訴・不起訴の判断ができないというような重要性を有するものではないことはもとより,原審公判における本件対象事件の立証という観点からも,検察官の立証がより確実になる可能性があるとはいえても,立証の見込みが大きく異なるものになったとも認められない。

 

 

本件各令状の発付手続について

・本件における偶発症の発生リスクを検討するに当たって,核心的な要素は,被告人の意思に反して本件強制採取を実施するという点を踏まえたリスク等であるが,本件各報告書をみても,この点について具体的な疎明はされていない。
・D医師が想定しているのは,被告人が内視鏡を肛門から挿入する際の痛みのために暴れるリスクがあるということにとどまるものと認められ,被告人が同意しておらず,そのためにどのようなリスクがあり,それにどのように対処するかは何ら示されていない。また,本件各報告書には,「鎮静剤」ではなく,「鎮痛剤」と記載している部分もあるほか,F警察官の証言によれば,少しウトウトする程度のものを投与すると聞いただけであり,鎮静剤の薬剤名は確認しておらず,鎮静剤を投与するリスクも検討していなかったというのであり,被告人の意思に反して実施することから,どのようなリスクがあり,そのリスクにどのように対処すべきかを請求者として吟味・検討した形跡はうかがえない。そして,上記のようなリスクや対処方法については,医学的な知識がなければ,担当裁判官において正確な問題状況の把握や,そのリスクの程度を理解することは困難であることに照らすと,本件各令状の発付に当たり,担当裁判官が,これらの点の具体的な検討を欠いたまま,本件各令状を発付したものと認められる。

・本件各報告書には,これまでに被告人に下剤を服用させたことが記載されているものの,どのような下剤をどの程度服用させ,その結果,被告人がどのような身体的な状態を呈したのかについて,具体的な記載がない。被告人の意思に反して下剤を服用させる場合には,別途,令状(鑑定処分許可状)の発付を受ける必要があるところ,本件強制処分は前処置としての下剤の服用を含むものであり,その侵襲の程度や精神的負担を適切に検討するには,それ以前に被告人に対し,どれくらいの回数・程度の下剤を服用させてきたか,被告人の健康状態に支障が生じていないか,過度の肉体的・精神的負担を負わせることになっていないかなどを併せて検討する必要があるが,これらの点の疎明がなされたことも認められない。特に,被告人は,10月26日以降,D医師の処方に基づき,継続的に下剤を服用していたところ(原審甲71,73),その際,鑑定処分許可状の発付を受けておらず(F警察官は,被告人が任意で服用していたとの認識を示すが,被告人は,令状に基づき処方されているものと認識して服用していた旨供述しており,この点でも疑問が残る。),捜査官の疎明がなければ,担当裁判官において,そのような処方がされていたことを認識できないことに照らすと,担当裁判官がこの点の検討を欠いていたことも明らかである。