民事訴訟では,請求の放棄という手続きがあります(民事訴訟法266条1項)。

 

 

 

これは訴えを起こした原告側が,自分の請求に理由のないことを認めて,訴えを取りやめるということです。

 

 

 

同じような手続きで,訴えの取下げというものがあり(民訴法261条1項)訴えを取り下げた場合も,継続中の訴訟は終了になります。

ちなみに,「請求」の放棄と「訴え」の取下げとなっているのは,条文がそのようになっているからです。厳密に言うと違うのかもしれませんが,用語としてはどちらかに統一してもよいのかもしれません。

 

 

 

請求の放棄と訴えの取下げの最大の違いは,再度,同じ理由での訴訟を同じ相手に提起できるかどうかです。

 

 

 

請求の放棄の場合は,同じ理由で再び同じ相手に対して訴訟提起することはできず,訴えの取下げは「理論上は」再度同じ訴状で同じ相手に対して訴えをし直すことも可能です。要は,請求の放棄というのは,敗訴判決を喰らったのと同じことになります。

 

 

なお,終局判決後の訴えの取下げについては再訴が禁止されています。

https://ameblo.jp/egidaisuke/entry-12337979935.html

 

 

また,請求の放棄の場合は裁判所の口頭弁論等,裁判官の面前で請求を放棄する旨を陳述しなければなりませんが,訴えの取下げは取下書を提出すればよいので出廷の手間が違うこともあります。

 

 

 

「理論上は」といったのは,普通に考えて,一旦何らかの理由で取り下げた訴訟を再び同じ相手に訴訟するようなことしないからです。

ただ,昔,東京地裁で行政側に厳しい判断をしてくれる裁判長のいた行政部に担当が当たるまで,訴え提起と取下げを繰り返すということがあったというのは聞いたことがあります。請求の放棄では,こういうことはできないということになります。

 

 

 

原告側で訴訟提起した場合,訴えを取り下げるということはよくありますが,請求を放棄するということはほとんどしません。訴えを取り下げる場合は,被告側と何らかの和解が成立して,引き換えに取り下げるということが多いです。消費者金融会社相手の過払い訴訟で,和解金を受け取った後で,訴えを取り下げたりする場合があります。すでに和解金は受け取っているので,請求の放棄でもいいのかもしれませんが,裁判所まで赴いて請求の放棄を陳述するのも大変ということもあり,訴えの取下げで済ませています。

 

 

 

また,弁護士の心理として請求の放棄はし難いということがあります。

弁護士の事情として,「原告側として請求棄却率が高い場合は問題がある」という暗黙の了解があります。勿論,医療事故訴訟や行政訴訟などもともと請求棄却率が高い訴訟類型を多く扱っている場合は別として,原告代理人として弁護士が訴訟提起するということはそれなりの勝訴の確信をもって訴えを提起しているわけですから,特段の事情がないのに棄却率が高いというのは,証拠の検討や見通しが甘いなど,何か問題があるのではないかというわけです。

 

 

 

このような弁護士側の心理事情から考えると,わざわざ,敗訴判決と同じ効果がある請求の放棄をするというこことはあまりしたくないということになります。

 

 

 

ただ,依頼人である原告が途中から訴訟追行意欲を失ってしまい,「もう訴訟を止めたい」と言い出すことがあります。

 

 

 

勝ち目が全くないというのならともかく(先ほども言ったように勝ち目全くなしで弁護士が代理人として訴訟提起していることは稀です),こういう場合,弁護士としては極力何らかの和解を成立させて,少しでも依頼人たる原告に果実が残るように説得するものですが,原告がそのような果実すら要らないので早く終わらせてほしいと望むことがあります。

 

 

 

そういう場合でも,先ほどの弁護士心理もあって,弁護士としては請求の放棄ではなく,訴え取下げで終了させられないか考えることが普通です。

 

 

 

ただ,訴えの取下げの場合,一度相手方が答弁し訴訟継続状態になったものを取り下げるためには被告の同意が必要になります。

 

 

 

被告側に訴えの取下げの同意を求めたところ,「請求の放棄でなければ応じられない」とすげなく断られ,仕方がないので請求の放棄で訴訟を終了させたことが私は一度だけですがあります。なお,請求の放棄については被告の同意は不要です。