鶏居酒屋 もと女将の内緒の話  -5ページ目

鶏居酒屋 もと女将の内緒の話 

23年飲食を営んだ女将の、内緒の話です。コロナ禍で眠れない夜を過ごしている飲食店女性オーナーに寄り添いたいとブログ書き始めました!

こんにちは、

飲食店・女性経営者のサポートパートナー

じゅん(古川純子)です。

 

今日は、約20年前ランチでご用意していたカレーのアレンジ料理を

お伝えしたいと思います。

 

折角カレーを仕込んでいるんだから、カレーライスだけじゃなく

もっと何か出来ないかと、頭をひねったアレンジメニューです。

 

ひねった割に、大した変化球ではありませんが

お客様やスタッフ、我が家族に大人気だったアレンジメニューです。

是非、お試しくださいませ!


☆ カレーアレンジ その1 ☆ 超簡単

   -・-・- 牛カルビカレー -・-・-

牛カルビ(焼き肉用の厚めスライス)を軽く炙って、

ルーの上にトッピング、たったこれだけ。

でも滅っ茶苦茶、お勧めです!

ソテーした野菜をトッピングしても、彩りよく美味しいのですが

煮込んだお肉ではなく、軽~く炙ったカルビは口の中で

カレーのルーと絡んでもしっかりお肉の脂や旨味を主張して、

2ランクアップの味わいです。

見た目も食欲をそそりゴージャス、ちょっとした御馳走感が

演出出来ますよ!

 

☆ カレーのアレンジ その2 ☆ 簡単

   -・-・- 大人気だったカレードリア -・-・-

ご飯とカレーのルーをフライパンであおり絡めて

器に盛り、ルーとチーズを乗せてオーブンで焼いて完成。

フライパンであおる時に、隠し味でほんの少し(小さじ1/2)のお砂糖を

入れます。

この隠し味が有るのと無いのでは、大違い!!!!

無いと塩味が鋭く尖った味に感じられ

有ると、ほんのり甘いご飯がカレールーに覆われ、チーズの塩味と

絡み合い調和のとれた味わいになります。

人気の賄いで、ご家族に食べさせたいと持ち帰るスタッフも

いました。

 

☆カレーアレンジ その3 ☆ 超簡単

   -・-・- カレーうどん -・-・-

残ったカレーの鍋に麺つゆ(3倍濃縮)をドバーッと

投入して下さい。

和風カレーに変身です。

麺つゆは適当、多くても少なくても大丈夫です。

好みがあると思いますが少量の砂糖を入れてみて下さい。

砂糖は苦みなどを調和する作用がありますので、味が整います。

 

これは私の手抜きアレンジ家庭料理、ここに挙げるのは

いかがなものかと思いましたが、我が家の人気メニューですので

お試しください。

冷凍うどんをチ~ン(電子レンジ)して、この和風カレーと

ネギや卵等トッピングして、楽しんでくださいませ!

 

☆カレーアレンジ その4 ☆ 簡単

   -・-・- 茄子の焼きカレー -・-・-

一口サイズに切った茄子と油(お好みでサラダ油、米油、

オリーブオイル)と空気をビニール袋に入れ、口を丸めて手で押さえ

上下左右に振り油を万遍なく茄子に絡めて、ビニールごと

電子レンジでチン。

器に茄子、カレー、チーズの順で盛り、オーブンで焼いて完成!

これも簡単ですが、茄子とカレーの愛称が抜群で私の超~~お気に入りの

一皿でございます。

パン、ライス、パスタと和えても、OKです!

 

是非、騙されてお作りになってみて下さいませ。

 

↑カフェレストラン時代のカレードリア

 

 

 

1998年9月1日

職を失った夫と私は、静岡県藤枝市の住宅街で

カフェレストランをオープンしました。

 

夫は独身時代、とんかつ店→ピザのナショナルチェーン店・店長→

喫茶店経営と飲食店で働いた経験から店を始める事になり

私は選択の余地なく、カフェレストランを何も分からないまま

手伝うことになりました。

 

朝9時~夜9時迄、オープン時には少しお客様はありましたが

3時以降は有線放送だけが響くお店に二人、ただただお客様のご来店を

待つ毎日でした。

 

私は全く無知でしたので、ご近所の皆さんや大家さんが

「趣味の店かしら?」「大丈夫かしら?」等と話していたとも知らず

夫を信じ、店に立っていました。

 

店にはテレビもパソコンも無く、何の情報も入ってこず

朝8時半に家を出て夜10時に帰宅、ただ寝に帰って来るだけの日々でした。

 

店内に流れる今までにない世界観の曲が、宇多田さんのAutomaticだと

いう事も知らず、日に何十回も流れるAutomaticが私の体や神経を

刺激して通過していました。

 

聞きたいわけでもないのに、何度も何度も毎日毎日

耳から私の全身の肌から伝わり、私の深い所をむしばんでいたような感覚でした。

 

あれから20年以上経った今でも、宇多田ヒカルさんのAutomaticや当時の曲を聞くと

あの日々の感覚が再現され、胸が苦しく体がどよ~んと重くなり

私の体に流れる血液の色が黒紫に変っていく様な感覚に陥ってしまいます。

 

あんなに素敵な曲なのに、私の感情はあの当時を再現し

今でも涙が溢れてきてしまいます。

 

そんな日々の中でしたが、夫がオムライスやパスタ、ドリア、カレー

ハンバーグ等洋食を担当し、私が家庭料理で和食をランチで

ご提供するようになり満席、そしてお昼は何とか予約を

やっといただけるようになりました。

 

それでもランチ後(午後3時~閉店)は、ほぼほぼ毎日来店0人が続き

少しずつお金が無くなり、通帳残も減っていき途方に暮れる日は続きました。

 

その間、私は化粧品、靴下、下着、美容院等自分の為にはお金を使うことができず

母の基礎化粧品を拝借しておりました。

 

年が明けて1月、夫の42歳の厄払いで実家に帰省する時に

だらしなく長くなった私の髪をはさみで切っている所を母に見られてしまい

「あなたが、美容院に行けない日が来るなんて」と泣かせてしまったりしました。

 

他にも、自律神経失調症でランチを運んでいる時、お客様のテーブル迄あともう少しに

なったところで突然パ~ンと視界が真っ白になり何も見えなくなったり

食材を買いに出かけた帰り幽体離脱して、2階位の高さから歩いている自分を空中から

見ている感覚になっり、信じられないような体験もしました。

 

その頃、静岡市にはドトールコーヒーさんが一店あるだけで

スターバックスさんも無い20年前でしたが、私達になりに勉強し

アイスカフェモカ、カプチーノ、カフェラテ等も

お出しできるようになっておりました。

 

多分静岡市内でもこのようなメニューをお出ししていたカフェは

無かったと思います。


でも宣伝する方法を知らず、売り上げは一向に上がらず

このままではどうにもならないと、あるフードコーディネーターさんにご相談したところ

「この店が軽井沢かせめて静岡の駅前だったら、全く違った事になっていたはずですが

この場所で飲食を続けるなら居酒屋しかないですね」と、リニューアルする事になりました。

 

結局1年半でカフェレストランは閉め、改装することになりました。

 

↑これは当時のメニューです。

1998年、私達はこの先地獄の様な日々が待っているとは知らず

御気楽に、フロリダでディズニーランド、ラスベガスでカジノを

10日間、夫と楽しんでいました。

 

帰国後、夫が社長と共同経営の会社に出勤すると

突然「明日から出勤しなくていいから、出ていってくれ!」

 

旅行中、ロッカーから机の中から取引先から司法書士事務所の担当者など

いろいろ調べ、夫を会社から追い出せるものを探したそうで

退職金の積み立てをしていた事を会社のお金を横領した(しようとした)として

追放されてしまいました。

 

私は旅行から帰って出勤したと思ったらすぐ帰宅した夫に驚き

話を聞き、おぉぉぉぉぉ来るべき時が来た~~と思いました。

 

夫から日頃、社長の素行の悪さは聞いていたので

早く分かれて事業を始めて欲しいと思っていたので

分かれる良い機会だと思いましたが

追い出されるとなると話は全く別です。

 

それから元の従業員の方から留守中の話を聞き

弁護士さんに相談し、地方裁判所に調停の申し立てをして

和解?しました。

 

調停当日私は、夫と始める喫茶店の準備の途中で

短パン姿で手足に自分たちで作っていたテーブルや椅子のペンキを付けたまま

裁判所の廊下で終わるのを待っていました。

 

先に出てきたのは、社長で私はこの顔を一生忘れないとじ~っと睨み付け

私達はあなたと別れてしあわせになりますから

絶対なりますからと心に言いきかせていました。

 

でも今ではすっかり、顔はも思い出せませんし

分かれてとっても良かったと思っています。

 

ですがここから

私の想像できない長い地獄の様な日々が始まりました。

 

この椅子・テーブルを作り、腰壁も塗りました。