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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

一昨日から残念な話題で「炎上」しているようです。

こちらの学校は決して「悪い学校」ではなく、当塾の卒塾生も何人もお世話になっています。特にグローバル教育に力を入れており、OGには民放キー局のアナウンサーになった方も複数います。入試難易度に比べ、難関大学への進学率も比較的高い高校だと言えるでしょう。要は「進学面においては、一定程度頑張っている高校」であることは確かです。

 

一方で、勉強においては「頑張る子」と「頑張らない子」の格差が激しい高校でもあります。野球部などは甲子園出場経験もあり、ややスポーツに傾倒しがちな生徒たちが一定数存在することは否定できない事実でしょう。

今回問題になっているのは、当該教師の発言内容からしても、まず間違いなく「勉強にはあまり熱心ではないクラス」での出来事だったように感じます。このことのみによって、桐陽高校の在学生やOB・OGが一緒くたに評価されてしまうのは、実に気の毒だと感じます。

 

まずもって、この教師の行動は明らかに「やり過ぎ」です。この点は大いに反省しなければなりません。もしも厳しい注意が必要なケースであったならば、他の生徒がいる授業中ではなく、個別に呼び出して指摘すべきでしょう。このようなクラスですから、動画撮影をする生徒もいるであろうことを「予測」しておかなければならないのも当然のことです。過度に感情的になってしまった結果だと思いますが、この一点のみでも当該教師の「失策」は明らかで、弁解の余地はないと思います。

 

一方で、今回の一件の「本質」はそこではないと、私は感じてしまうのです。そもそも授業中にスマホで動画撮影し、それをほぼリアルタイムでネットに上げてしまう「異常さ」について、まずは指摘すべきではないかと思うのです。このような映像を安易にネットに上げる行為がどのような影響を与えてしまうのか、全く考えが及ばないようであれば、そちらの方が大問題だと感じます。「問題教師の動画」を撮影したのであれば、まずは他の教師や保護者に見てもらった上で、それでもダメなら・・・という経緯を辿るべきではなかったのでしょうか?また周囲の生徒たちの様子を見ると、動画撮影をしている生徒は勿論のこと、教師が感情的に怒りを爆発させているにもかかわらず、談笑していたり、飲み物を口にしたりしている生徒がいることにも驚きましたし、おそらくはこのような光景が日常的に発生していたのではないかと思われます。要はこのクラス(あくまでこのクラスであり、学校全体ではありません)は既に教育機関としての体を成していないのかもしれません。

 

被害者である生徒の保護者様は「これ以上問題を大きくしないでほしい」というご希望だそうです。あくまで私の推測ではありますが、保護者様もお子さんの「実情」は十分に理解していて、「やり過ぎた教師」への怒りはありつつも、我が子の学習への取り組み方には少なからず問題意識を持っていたのかもしれません。だからこそ「問題を大きくしたくない」と考えたのでしょう。この問題が「面白おかしく」切り取られようとしているのであれば、むしろそちらの方が問題だと感じてしまうのは、果たして私だけでしょうか?

 

最後に、特定の「部活動」について(断言しておきますが、あくまで「特定の部活動」を指しています。他の頑張っている部活動の生徒を指してはいませんので、その点はご確認ください)、私の耳にもあまりよくない評判が届いています。今回の一件を契機に、勉強をないがしろにしてまで「全国大会」を目指すことに果たして何の価値があるのか、今一度考え直してみることを強くお勧めする次第です。

 

「スポーツ」のみならず、「生き方」を学ぶのが「学校」であると、私は考えているのです。

 

頑張りましょう!

 

現在在塾中の中学生のお兄さんは、やはり昨年度まで当塾の「塾生」でした。弟からお兄さんの「近況」は時々聞いてはいるのですが、高校入学後も頑張って勉強に取り組んでいる様子を聞いて、私自身も大変喜ばしく感じているところです。

 

高校受験時、彼は残念ながら第一志望への進学は叶いませんでした。決して口数が多いとは言えない彼でしたが、その表情を見るにつけ、耐え難い悔しさを嚙み殺していることは容易に想像できました。

彼が躓いてしまった原因は、間違いなく「英語」でした。理系科目が好きだった彼は、正直なところ英語に対する勉強の質・量とも「トップ校」を目指す受験生のレベルに到達するには至らなかった印象です。言わば彼の今後の学習上の課題は実にはっきりしていた、ということが言えると思います。

 

人生において「挫折」はつきものですが、問題はその「挫折」をいかに後の人生に生かしていくのか、ということでしょう。先日、弟から、

 

「兄貴が英検準1級に合格したって!」

 

という、私が聞いてもいない情報を教えてくれました(笑)。高校1年生で準1級に合格するとは、高校生の英語学習においては実に「順調そのもの」といえるでしょうし、理系科目と合わせてこのまま順調に学習を進めてくれれば、難関大学への進学も決して夢ではないと思います。

 

そんな順調な「現在」よりも、彼が高校時代の「挫折」を糧にし、かつては「苦手」だと敬遠していた英語について、しっかりと学習に取り組み始めた彼の姿勢の方を、私は高く評価したいと思うのです。

グローバリズムなどと声高に叫ばれている昨今ですが、外国人などに縁がない田舎に居住し、生涯日本から出ないと固く誓う人生を歩むのであれば、本質的には「英語」など必要がないのかもしれません(笑)。けれども、「受験に必要だから」「自らの人生を切り拓くために不可欠なツールだから」と、ある意味において「割り切った」振る舞いを貫く決心をした上で「苦手な」英語に取り組むことを実践しているのであれば、彼はひとつの大きな「成長段階」を確実に踏んでいるのだと、私は考えているのです。

 

そもそも「苦手」って何なんでしょうね?「食わず嫌い」という言葉がありますが、腰を据えて取り組んでみれば、案外と面白かったり、新たな発見があるのかもしれませんよ。「苦手」だと思い込んでいるのは、その対象に真剣に取り組んだことがないからなのかもしれません。何よりも、「苦手を克服」することが、自らの「新たな可能性」を切り拓くきっかけになることは、間違いのない事実なのです。

 

まあ、とりあえず「食べてみる」ことが大切なのです(笑)。

 

頑張りましょう!

明日は11月3日「文化の日」ですが、倅たちの大学では昨日と本日の2日間、「学園祭」が開催されるようです。長男にとっては大学生活最後の学園祭、次男にとっては初めての学園祭ということで、それぞれに想いがあることでしょう。今日も朝早くから二人とも大学へ向かったようです。

 

兄弟ともに教育学部ということもあり、私が学生の頃(私は経済学部でした)の様子とは大きく異なっているような気がします。

学園祭と言えば、学生自治会が中心となって部活動やサークルが自主的に運営していくイメージでしたが、倅たちの場合、教授が学生にあれこれと指示して運営しているような感じです。さながら中学や高校の学園祭のような様相を呈しており、学生自身の主体性がやや削がれている印象です。もちろん「学生任せ」にしておくと諸々の問題が生じるケースも散見されるのですが、学生とはいえ成人した「大人」の集団ではあるので、起こったことに対する「責任」を学生自身にしっかり負わせることも、また近々に社会に出るための大切な「教育」だと考えるのは私だけでしょうか?そう言う意味においては、やはり倅たちの大学の教授たちが「小中高の先生上がり」で組織されており、そのことが功罪両面に現れているような気がしてなりませんでした。

 

翻って、私自身の「学園祭の思い出」については、決して倅たちに「偉そうなこと」を言える身分ではありません(笑)。新幹線を利用した遠距離通学だった影響もあったのですが、学園祭に参加したのは4年次の1回のみ、それも、

 

「まあ、学生時代に1回くらいは学園祭を見ておくか!」

 

といった程度の実に軽い気持ちで「顔を出した」だけで、印象に残ったことなど全くないのです(笑)。今に至っても、

 

「ああ、やっぱり学園祭には毎年行っておけばよかったかな~」

 

なんてことは全く思わず(笑)、一所懸命に運営に取り組んでいた学生諸君には大変申し訳ないのですが、「時間と労力の無駄」としか感じられませんでした(笑)。かくして私にとっての「学園祭」の記憶は「皆無」なのですが、これもまた「自己責任」だと言えるのかもしれませんし、少なくとも私はそのことについて微塵の後悔もないのです(笑)。

 

実に怠惰な学生生活を送った私にとって、「学園祭」の持つ意味は極めて希薄であったことは確かなのですが、果たして倅たちにとってはどうなのでしょうか?私にも彼らの心情はよくわからないのですが、それが彼らにとって「情熱を傾けるに値する対象」であるのならば、

 

「せいぜい頑張って~」

 

と無責任かつ「ズボラ」に応援するしかない私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

各中学において近々に「定期テスト」が実施されるため、休講中とは言えど塾生たちには諸々の指示を出して、自宅で学習することを強いているところです。現在はほとんどの子がスマホを所有しており、LINEなどで連絡することが可能ですし、何ならZOOMなどを駆使して在宅授業だって可能なのです。学習上の懸念がいろいろと囁かれているスマホではありますが、「適正」に使用すれば、学習上においても少なくない恩恵を受けられることは間違いのない事実なのです。

 

今回もすべての塾生に「テスト前課題を期日までに必ず提出すること!」を何度も指示し、個々に塾としてやるべき課題を与えていたのですが、諸々の注意や指示をすべて網羅すれば、文面としてはやや長くなってしまうことは仕方がないことなのです。

 

上述のような過程の中で、とある女の子の中学生にLINEにて指示を出したのですが、その返答が面白くて、ちょっと笑ってしまいました。

 

「じゅくちょう、長くて読めないから、3行でおくってほちい!」

 

(本当に「ほちい」と書いてありました(笑))。

まずは「読め!」(笑)。こういう長い文章を面倒がって読まないから、テストでいまひとつ成果が上がらないことに気づけ!という心の声を押し殺しながら、搔い摘んだ文章(それでもさすがに3行には収まらず、6行くらいになってしまったのですが)にして送信し直してしまいました。私もまだまだ甘いのです(笑)。

 

「とにかく読め!」

 

という私の指摘に、

 

「は~い!」

 

という実に軽い返答で答えた彼女は、実はそんなに悪い奴ではなく、むしろさっぱりとした性格の「いい子」であることを私は知っています。けれども、これまできちんとした学習習慣が定着しておらず、ちょっと長めの文章に出くわすと、

 

「読むのがメンドー!」

 

となってしまい、出題の意図をまともに汲み取ることなくテキトーに解答してしまうものだから、アホみたいな間違いを頻発させているのです。それでも性格的にはいい子ではあるので、時間はかかるかもしれませんが、「何とかしてあげたい」と強く感じているところです。ちなみに、少し前の記事で、「チャットGPT」のことを「チャッピー」と呼んでいた子も、まさにこの子なのでした(笑)。

 

今後の長い人生を生きるにあたって、少々長めの文章を「読まなければならない」ケースに多々遭遇することと思います。その度に「長いから、3行で!」などというアホみたいな主張が通ればいいのですが(笑)、そんなことを「偉い人」に言ったら、たちまち「居場所」がなくなってしまうことでしょう(笑)。

長い文章だって、読んでみれば案外面白かったり、為になったりすることだってあるかもしれない、そんな「貴重な体験」をこれまで一度もしてこなかったからこそ「メンドー」だと感じるのかもしれませんが、であるならばそんな「貴重な体験」を一度でも「実体験」させてあげたいと、強く感じた土曜日の朝なのでした。

 

まあ、とにかく「読め!」(笑)。

 

頑張りましょう!

 

 

当塾はマンツーマン個別指導塾なので、講師のスケジュールに合わせて柔軟に授業計画を立案することができます。特にスポーツのクラブチームなどに所属している子にとっては、練習計画に合わせて塾に通える利点があるため、これまでも多くの「スポーツ選手」を受け入れてきました。

 

以前、とあるスポーツのクラブチームに所属している子が在籍していました。その子が勤しむスポーツは、大変失礼ながら野球やサッカーなどとは異なり、まだまだ「マイナースポーツ」の域を出ない、加えてそのスポーツの「競技人口」もごくごく限られたものであり、現在においてもその状況に大きな変化はありません。

 

「競技人口が少ない」ということはすなわち「容易くレギュラーになれる」ということであり、県大会などに出場するチーム自体が極端に少ないのです。そんな状況においては「県選抜」などに選ばれるのも実に簡単で、故に子供は「大いなる勘違い」をしてしまいます。これに「親バカ」が乗っかってしまうと、もはや手が付けられない状態となります。この子もそうですが、それ以上にこの子の親には「手を焼いた」覚えがあるのです(笑)。

 

そんな彼が「大いなる勘違い」をしたまま、マイナースポーツの能力だけでまんまと大学まで進学したのですが(笑)、マイナースポーツとはいえ、大学が少なくない資金を投入して強化するスポーツ部には、全国各地から「エリート」と呼ばれる有能な選手が集うのは当然のこと、大学4年間の間、ついぞ一度のメンバー入りもかなわず、彼にとって実に空しい4年間が過ぎ去ったのでした。

 

ところが先日、たまたまとある地方紙のスポーツ欄に目が止まった時、懐かしい顔を目にすることになりました。大学時代、さしたる成績を残せなかった彼が、社会人になってからも地方のクラブチームに所属して活動しているという、本当に小さな記事でした。クラブチームといえば聞こえはいいですが、実際のところ実業団のチームとは状況が大きく異なり、選手全員がバラバラの会社の「会社員」であり、仕事の傍ら手が空く時間に活動するという、野球で言えば「草野球」に毛が生えた程度のチームだったのです。対外試合や地方大会への出場機会があるにはあるようですが、それよりも地域の子供たちに当該マイナースポーツの普及を促進させることが主目的のようなチームだそうです。

 

中学生の頃は、「誰もやっていないようなスポーツ」でちょっと「持ち上げられ」、おかしな「勘違い」をしていた彼が、大学生になって初めて「現実」を知り、大いに挫折したのだけれど、そこですべてを諦めるようなことをせずに、己の「器」を知った上で、「自分ができること」を大人になっても継続して頑張っている・・・とても尊いことだと私には感じられたのです。ただただ腕力ばかりが強くて煙たがられていた子が、母親のおかしな呪縛から解放され(笑)、自らが愛した「マイナースポーツ」の発展のため、都会から遠く離れた田舎の土地で、一から啓蒙活動を続けようとしている彼の姿は、そう遠くない未来に「日本を代表するような選手」を輩出することによって結実するのかもしれない、と率直に感じた次第です。

 

様々な困難があろうとも、「継続する」ということがいかに重要であるのか、改めて彼に教えられたような気がした金曜日の朝なのでした。

頑張りましょう!

個別指導塾においては、塾生への指導は基本的に各講師の裁量に任せることが多いのですが、管理者である私は常にその動向に目を光らせ、講師には詳細な「授業報告」の提出をお願いし、効率的かつ効果的な指導を目指しております。

 

上述のような状況については、個別指導塾であれば「当然と言えば当然」であり、特に当塾のようなマンツーマン個別指導塾においては、一講師の「主観」だけに頼ることなく、私や他の講師の所見も大いに参考にしてもらいながら授業を展開していくことがよりベターであると考えているところです。

 

ところが、特に若い講師の中には、この点がどうしても理解できない人が時折散見されるのです。このような「スタンドプレーに走りがち」な講師をいかに上手く使っていくかが「塾管理者」としての能力だとは思うのですが、私自身もまだまだ力不足であることは大いに自覚しており、最終的には「自分でやる!」という選択を取ってしまうこともしばしばなのです(笑)。

 

以前在籍していた男性の学生講師については、非常に手を焼きました。私が、

 

「今日は英語の指導をしてください!」

 

と指示を出しても、授業終了後に、

 

「やっぱり数学が大事なので、数学の授業をしました!」

 

とドヤ顔で「事後報告」を平気でしてくる「大物」でした(笑)。ここまでくるとかなりレアなケースではあったのですが(笑)、全く悪びれることなく、「上司」である私の指示に100%従わず、更には謎の「充実感」まで披露していた彼の表情には、何か空恐ろしいものを感じてしまったほどでした(笑)。他の講師から聞いたのですが、彼は塾以外でもこの手のトラブルを時折起こしているようで、恐らくは対人関係が苦手で、他者の気持ちを慮ることが難しい性質だったのかもしれません。今彼がどんな生活をしているのか、周囲の人間と上手くやっていけているのか、今更ながら心配になってしまっているのです(笑)。

 

あらゆる事象に対して臨機応変に対応することは、ある意味においてその人の「能力の高さ」を表しているのかもしれません。一方で、社会に参画している者として「自らの責任の範囲」というものは常に意識しておかなければならず、誰にも相談・報告することもなく、独断において「好き勝手」をすることは、完全な「越権行為」であり、「結果責任を負わなければならない」ものだと思うのです。未熟な者の「スタンドプレー」ほど厄介なものはないのです(笑)。

 

自らの考えに対して常に「健全な疑い」を持つこと、そして迷ったら必ず「責任の所在」が確かな「信頼できる人」に報告・相談すること、恐らくは大多数の方が当たり前のように実行していることが「できない」人が確実に存在するということを、「管理者」と呼ばれる人は強く認識しておかなければいけないと、改めて強く感じた木曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

「お宅にお預けして、この子は志望校に絶対に受かりますか?」

 

こんな問い合わせをこれまで何度か受けたことがありました。塾を経営している方であれば、このような「トンデモ依頼」を一度や二度は受けたことがあるのではないでしょうか?(笑)。

 

このような依頼を、

 

「ハイ!お任せを!」

 

などと言って安請け合いする塾など「ない」と信じていますが(笑)、こんな依頼を受けて、万一(というか、ほぼ確実に)不合格になったら、どんな対処をするというのでしょうか?これはほぼ「詐欺」だと断言できる事例でしょう。

 

そもそも「不確実性の塊」である受験において、「絶対」という概念などあり得ないことを知るべきです。世の中「カネとコネ」で何とかなると信じて疑わない人種も一部存在するようですが、そんなことが通用する世の中であってはならないし、何よりも当の子供にとって悪い影響を及ぼすことは疑いの余地がないのです。

勉強を頑張り始めることに「遅すぎる」などということは決してありませんが、生まれてこのかた15年もの間、実に怠惰な生活を続けてきたのにもかかわらず、たった1年弱でその差を埋めようとすること自体があまりにも「虫がいい話」なのです(笑)。

 

学習習慣が全く定着していない子については、まずは生活習慣そのものから改善していく必要があり、それは実に難しく、かつ時間がかかる仕事なのです。そのようなことを既に躾の範疇において我が子に定着させているご家庭がある一方で、文字通り「ムチャクチャ」なご家庭も少なからず存在することは厳然たる事実なのです。

まずは家庭環境とお子様の現状を、「親の贔屓目」なしで冷静に分析・認識した上で、お子様の目標と現状について、「今何をすべきか?」を考えることから始めるべきなのです。諸々のご事情から、ご家庭において学習習慣を定着させることができなかったり、「躾」の部分で行き届かなかったりするケースがあることは重々承知しています。であるならば、受験まで十分な時間が残されたうちに、塾などの第三者に「手に余ること」を依頼するのが、お子様にとって、また保護者様にとってもベターな手段ではないかと考えるのです。

 

有り余る経済力をお持ちのご家庭であれば、学習塾など頼らずに、カネを駆使して「裏口入学」でも画策した方がよほど効果的だと思うのですが(本当にそんなことができるのかどうか、私などには全く知る由もありませんが(笑))、いずれ「親がいなくなった」未来に、果たして子供がまともに生きていけるのか、よ~く考えてみるべきなのかもしれません。

 

時間はかかるかもしれませんが、コツコツやれば必ず「できるようになる」のが勉強なのです。そういう意味では、勉強は実に公平なものだということにぜひ気づいていただきたいと強く感じた水曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

長男は現在、四苦八苦しながら「卒業論文」を製作中、どうせ学生の駄文など大して期待されていないのだから(担当教授だって、ろくすっぽ読まないか、あるいはチンピラ並みの難癖をつけるだけ(笑))、テキトーにやればいいのに、と思ってしまうのですが、長男なりに「有終の美」を飾りたい気持ちが強いらしく、それなりに気合を入れて取り組んでいるようです。

 

長男は当初希望していた教員を諦め、別の道に進むことになりました。これまた「お堅い仕事」で、よくも私の倅がこんな堅い仕事に就くものだと、ちょっと驚いてしまいました(笑)。まあ、就職先としては悪くないと思います。

長男は教員採用2次試験で涙を飲んだのですが、2次まで進むと正規採用とは別に「非常勤講師」としての道があるそうで、市の教育委員会から何度も電話が入っていたようです。それでも長男としてはある意味で「吹っ切れた」というか、一度もその電話に出ることはなかったようです。

私は従前から長男に、

 

「教員採用試験は不公正なものだということは、あらかじめ理解しておいた方がいい。」

 

と忠告していました。長男自身としては半信半疑だったようですが、いざ自ら教員採用試験に臨んで、その真意がようやく理解でき、一気に教員への意欲が萎んでしまったようでした。だから「親」の「小言」は一応は聞いておけ、とあれほど言ったのに(笑)。

以前、当塾に教員を目指す大学生講師が在籍していました。高校・大学とも決して難易度が低い学校ではなく、かつ教員養成系の大学へ進学していました。常日頃から夢である教員への憧れを口にしていた彼女でしたが、「歪んだ現実」は甘くはなかったのです。

県外の大学に在籍していた彼女の大学からは、静岡県の教員採用試験を7名の学生が受験したようです。うち3名が合格したそうですが、その3名が3名とも「両親のどちらか、もしくは両親ともが教員」のご家庭であったそうです。一方で、大学での学業成績については、合格した3人がビリ、ビリ2、ビリ3だったという始末(笑)。

 

「合格基準はいった何なのか、試験委員に聞いてみたい!」

 

涙ながらに訴えた彼女の顔が、今でも忘れられません。あまりにも生々しいので詳細は避けますが、長男も同じような体験をしたようです。こうして我が国では「青雲の志」を持った若者たちの尊い意志が次々と潰されていき、「ズル」した人たちが「木っ端役人」になっていくという悪しき構図が綿々と続いていくのです。

 

翻って、前出の女性講師も、そして長男も、このような「理不尽な現実」が社会にはそこかしこに転がっているという事実を学生時代に知ることができたということは、決して不幸なことばかりではないと、私は考えているのです。極めて理不尽な世の中であっても、そんなものには屈しないという強靭な精神を養ってほしいと、強く願っているところです。

 

若者の尊い信念が無下に扱われることがない社会となるよう強く願うとともに、「ズル」したくせに、学校で子供たちに声高に「道徳」なんかを説いている輩は、人として恥ずかしくないのかな?と率直に感じた火曜日の朝なのでした(笑)。

 

子を持つ親として、「こんな人たち」が教員の中に「紛れ込んでいる」ことを決して忘れてはなりません。

 

頑張りましょう!

今週は「月末第5週」があり、3日間ほど授業がお休みです。

 

ここのところ週末になると体調が思わしくなく、昨日、一昨日も教室に籠ったきりで休んでいたのですが、貴重な休講期間である3日間には必ずやらなければいけないことがいくつかあるのです。

 

まず、1日は「母の送迎」があります。母の「宗教」のお友達がどうしても母を連れ出したいらしく(笑)、かといって地理的感覚が完全にバグっている母を放置できず、送り迎えを私が担当せざるを得ないのです。まさに塾の休講期間を狙ったが如くの所業なのですが(笑)、このタチが悪い「お友達」連中は、ほぼ「独居老人」の集まりで、電話してくる時間も非常識なら、約束しても具体的な集合時間などを伝えてくるのも直前、しかもその伝達事項でさえ平気で破る有り様で、「こいつらも少しボケてんじゃないの?」と勘繰ってしまうほどなのです(笑)。実際のところ、全員母より年上だそうで、完全にはボケていないとはいえ、いろんな意味で少々おかしくなっているのは間違いがないでしょう。それでも母が「どうしても行きたい!」というものですから、「送る時も「ドア」まで、迎えに行くときも「ドア」まで!」という約束を母と「お友達」たちにきつく言い渡した上で許可を出しました。

 

残り2日は「入塾案内書」と「ホームページ」の改訂です。当初は夏休みに行おうと思っていたのですが、ちょうどその頃に母の徘徊が始まってしまったため、手つかずの状態のまま今まで来てしまいました。ブログだけは日々更新しているものの、ホームページについてはもう6年ほど手を付けておらず(恥ずかしながら、私の自作です)、入塾案内書も同様に「古いまま」なのでした。ようやく母への対処が落ち着きつつある今しか「チャンス」はないのです。

11月末には中3生にとって最重要の「学力調査」が控え、バタバタとすることは目に見えています。この機を逃せば少なくとも年内にはチャンスがなくなってしまうと思われ、何としても進めなければならないと決意を新たにしているところです。

 

既にかなり古くなってしまった各種ツールを入れ替えるための「休講」となりそうですが、結局のところ、「零細自営業者」にとっては、表向きの仕事はお休みであっても、そのお休み中に少なからず業務に携わらなければならないことは、実に「悲しい現実」だと痛感した、月曜日の朝なのでした。

 

文字通り「貧乏暇なし」(笑)。

まあ、嫌いじゃないから全然いいんだけどね(笑)。

 

頑張りましょう!

私は糖尿病・高血圧を罹患する前に、とっても辛かった病に罹ったことがありました。というか、現在もまだ「継続中」なのですが・・・

今から15年ほど前、「腰椎椎間板ヘルニア」を罹患し、以来「季節の変わり目」になると、現在でも少なからず腰が痛むのです。現在は発症当時の激しい痛みとは比べれば10%ほどの痛みなのですが、それでも痛いことには変わりなく、これ以上症状が悪化しないよう、慎重に過ごすことを強いられています。これまでの人生の中で、「もう二度とゴメンだ!」という経験はいくつかありましたが、特に腰痛椎間板ヘルニア発症時の激痛だけは絶対に繰り返したくはありません(笑)。

 

もともと結婚するまでは腰痛など無縁で、むしろ妻の方に問題がありました。妻は独身時代に交通事故に遭って、その際に腰を強打して腰椎椎間板ヘルニアに罹患し、数か月ほど入院したことがあったそうです。結婚当初も腰痛が酷かったようで、この状態で子供が産めるのかな、と心配になってしまうほどでした。

ところが2人の子供を出産して、出産時に骨盤が開いた影響もあってか、明らかに以前より症状が軽くなったようです。一方で、なぜか私が「腰痛持ち」になり、この私の腰痛は割と真剣に「妻から感染させられたのではないか?」と考えているところなのです(笑)。

 

そんな経緯で、私はもともと腰痛持ちだった妻のマッサージをしてあげていたのですが、その流れで今も時々肩を揉んだり、腰を揉んだりしてあげています。新婚の頃よりも随分「肉厚」になったな~などと決して妻には言えない感想を抱きつつ(笑)、それでも時々はマッサージしてあげていたのですが・・・

前述の通り、現在はむしろ私の方がより強い「腰痛持ち」のはずなのです。でありながら、妻は決して私の腰をマッサージすることはありません、というか頑なに拒んでいるのです(笑)。いや、マッサージが面倒なら、腰の上に乗ってくれるだけでもかなりマシになるのに、それさえしようとはしないのです。これは一体どういうことなのでしょうか?あまりにも理不尽であり、夫婦として、いやそれ以前に「人」として許されざる所業だと憤っているところなのです(笑)。

 

「だって、揉み方がわからないから。」

 

「揉むと手が痛くなるから。」

 

今どきアホな小学生でも言わないような「言い訳にならないような言い訳」を並べつつ、今日も一方的に「揉ませるだけ」の妻なのです(笑)。10年後、20年後にお互いが「要介護」となった場合、きっと私はボロ雑巾の様に捨てられるであろうことを覚悟しつつ、暗澹たる未来に不安を隠しきれない私なのでした(笑)。

 

たまには揉めよ!(笑)。

 

頑張りましょう!