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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

今週は午前中から動かなければならないことが多く、多忙を極めました。

 

母の「後始末」に加え、塾を経営する上で金融機関との折衝にも向かわなければならないことが重なり、今考えればよくも予定が重ならずに上手くやり過せたな、と感心してしまうくらいでした(笑)。午前中からあまりアクティブに動き過ぎると、夜からの授業に差し支えることがあるので(若い頃はそのようなことはなかったのですが・・・)連続して所要を入れることは極力避けていたのですが、今週については連日動くほかなかったのです。

 

月曜日には母の「徘徊防止用」のセンサーの納入がありました。これについてはあくまで「試用」であり、本導入ではなかったのですが、今週いっぱい使用してみたものの、母は見事に赤外線を避けて通る術を身に着けてしまい、全く役に立たず(笑)、来週には無事返却となりそうです。

 

火曜日はいつもお世話になっている金融機関と借入金に関する折衝がありました。新たに借り入れる訳ではなく、現在の借入に対する書類の書き換え時期が到来してのものでした。こちらの金融機関は単にお金の話だけではなく、日々の経営上の問題などについても相談して頂いており、無料のコンサルやセミナーの案内などもして頂けるので、非常に感謝しているところです。

 

水曜日については、先日母が握りしめていた「手紙」についての対処に追われました。これまで全く関知していなかったので手紙の内容がよくわからなかったのですが、どうやら保険会社からの手書きの「督促状」のようなものだったようです。すぐに当該会社に連絡すると、どうやら私の妻名義で加入していた保険の保険料が半年ほど未納とのことで、今月中に入金がなければ失効してしまうとのことでした。先日は別の保険会社から書類請求の連絡があり(こちらは払うのではなくて、貰えるものでした)、こちらの方も対処したのですが、「未知の保険」がいったいいくつあるのやら(笑)。本人自身が「わからなくなってしまった」以上、今回の様に気がついた時点で個々に対処していくしかありません。今回未納があった保険会社では、どうやら妻名義のほかに、妹名義、孫名義、私名義でも契約中の保険があるようで、他社との兼ね合いも含め、ある程度の全容が判明した時点で、重複するものや無駄なものについては順次解約していかなければならないかもしれません。実に気の重い作業です。

 

木曜日については、母が一人で管理してきた賃貸用アパートの処分についてです。これは非常に厄介で、現在は一部屋しか運用していないようですが、その入居者がきちんと家賃を払っていない方のようです。加えて、今どき現金手渡しでの家賃支払いのようで、ボケてしまった母には「いつ払って、いつ払っていないか」についてさえもはやはっきりしない状況、これ以上は私たち「素人」には対処が難しい状況になっています。加えて母がこの物件に異常な執着を見せていて、母が徘徊する「行き先」のひとつが、このアパートであるため、諸々の事情を考慮して、妹や妻と相談の上、「早めに処分しよう」ということになりました。幸いにして相談させて頂いた不動産屋さんが極めて親切な方で、押し売りや押し買いをするような方だとは思えなかったので、今後少しずつお話を進めていければと思っています。

 

そして本日金曜日、先日請求した母の個人年金の入金確認と、未納の保険金の支払い、塾の講師への給与支払いのため、これから午前中いっぱい「外回り」の予定です。あまりにも「貧乏暇なし」であった一週間がようやく終わろうとしているのです(笑)。

 

母の「全容」が判明するまでは、今週のような日々が続くものと思いますが、私自身が体調を崩さないよう、先日より激痛が走り始めた「持病持ち」である腰を擦りながら、気合を入れ直す金曜日の朝なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

先日のヤフーニュースにて気になる記事が目に留まりました。

早稲田実業高校から私立文系の最高峰である早稲田大学政経学部に入学し、それだけでは飽き足らず、
 
「野球で活躍するなら東大!」
 
という一念のみで東京大学を受験、見事合格して野球部で活躍、さらに現役中に司法試験合格という「離れ業」をやってのけたスタンリー翔唯選手の記事でした。
私が高校生の頃によく聞かされたのが、盛岡一高からキャプテンとして甲子園に出場し、東大野球部でもキャプテンとして活躍、東京六大学のベストナインに選出された上に、卒業後は外務官僚として活躍された八重樫永規さんのお話です。

 

元高校球児としては、甲子園出場は誰にとっても「夢」であり、大学生として神宮球場でプレーすることもまた大きな「目標」でもあるのです。勉強においても、司法試験や国家一種試験をパスすることが極めて難関であることは言うまでもないことです。そんな高校球児や受験生の「夢」を次々に実現してしまったのがスタンリー選手や八重樫選手なのです。私にとっては大谷翔平選手以上の「二刀流」の使い手のように感じられ、ただただ羨ましい限りなのです。
 
甲子園や神宮で活躍すること、また日本最難関の試験をパスすることのどちらか一方でも成し遂げるのは極めて難しいことであるにもかかわらず、彼らは双方とも実現してしまいました。これは文字通り「天賦の才」がなければ成し得なかったことであるのは間違いがないと思います。
一方で、十分な素養があるにもかかわらず、それを活かしきれていない人が少なくないのも確かです。いくら才能豊かな人であっても、鍛錬を怠れば「ただの人」になってしまうのは自明の理であり、スタンリー選手や八重樫選手がそれこそ血の滲むような努力をされていたことは想像に難くありません。
 
「あの人はもともと頭がいいから!」
 
「あの子は勉強しなくてもテストができるから!」
 
などという「言い訳」は止めにしましょう。個々に持っている「器」の大きさは異なるかもしれませんが、仮に小さな「器」であっても、そこにいっぱいの水を注ぐ努力をすればいいのです。決して容易い作業ではないかもしれませんが、「やるべき価値」は十分にあるものと、私は信じて疑いません。
 
それにしても、甲子園、神宮、司法試験、国家一種か・・・改めてスゲーことだと感じ入ってしまう私なのでした(笑)。
 
頑張りましょう!

 

中学生や高校生を見ていると、とある特質によって能力に大きな隔たりがあることに気づく時が多々あります。それは「基礎的計算力の有無」です。

 

単に「文系・理系」などという進路選定上の選択の話ではなく、とにかく単純な「足し算や引き算」が決定的に遅く、また不正確であるケースと、その真逆の場合に二分されるのです。あくまで私の拙い経験則から考察したことではあるのですが、このことが後の進路選定に多大なる影響を及ぼすような気がしてならないのです。

 

極めて真面目で努力家の子が、どうしても「数学」の成績だけ思うように上がらないケースが散見されます。数学以外の科目はすべてトップクラスである一方、数学だけは平均以下の成績、これを単に「文系型思考だから」と結論付けるのは、あまりにも拙速な気がしてならないのです。

幼い頃に単純な「計算力の鍛錬」をしておくことは、文理どちらに進むことになろうとも、極めて重要だと思います。前述の努力家の子のケースにおいては、単純な計算が極めて遅く、常に時間に迫られており、かつ不正確な計算が続出しての低得点でした。その子の学習量が不足していたということは決してなく(他の科目の結果を見れば明らかなのですが)、これはひとえに幼少期に計算の鍛錬をしていなかったことに起因するものと思います。

 

中学・高校の受験期において、基礎的計算能力の向上のための鍛錬をする時間的余裕はなかなかとれませんし、幼少期に比べれば、それらを学んで吸収する能力も劣っていると思われます。幼少期の習い事として、英会話やピアノ、スイミングなどに積極的に取り組む方が多いのですが、なるほどどれも幼少期に学ぶには適した「習い事」だと思います。そんな「習い事」の中において、「基礎的計算力の訓練」もぜひ検討対象に加えて頂きたいと強く願います。「今しかできないこと・今すべきこと」の範疇に間違いなく入ってくる「習い事」だと、私は信じて疑わないのです。

 

当塾では「そろばん教室」を開講していますが、月謝も低廉で、「お勉強」というよりも「お稽古事」のひとつとして捉えていただいており、幼少期の基礎的計算力の鍛錬としてぜひご利用頂きたいと思っています。経済的に裕福で、当塾のような小さな私塾にお預けになるのは「不安しかない!」という保護者様には(笑)、当塾でなくてもいいので、公〇式などのちょっとお高くて、それでも全国組織の看板を掲げている教室で学ばれてもいいと思います。とにかく幼少期に我が子に「学ばせるべきこと」をしっかり学ばせておくことが、最低限の「親の努め」だと思いますし、お子様の中長期的未来への堅実な「投資」となることと思います。

 

とはいえ、今日明日中にでも結果が出ないことには「満足しない」親が多いんですけどね(笑)。そんな「魔法」は存在しないのです。5年後、10年後を踏まえて「今、何をすべきか?」を考えるのが「教育」だと、私は考えているのです。

 

頑張りましょう!

久しぶりに「観たい!」と思えるような映画が間もなく公開されるようです。

 

横田慎太郎さんという、鹿児島の田舎から出てきた実に純朴で、ひたむきな若者がいました。

彼は将来有望なプロ野球選手で、入団からわずか4年でレギュラーの座を手にしかけたまさにその時、病魔に侵され、わずか28歳の若さで急逝されてしまったのです。

 

1年余のリハビリ生活を経て、復帰を目指したものの、視力の回復が叶わずに引退を決意されたのですが、ファームでの引退試合において、彼は「奇跡」を起こしたのです。

 

「ボールが二重に見える」と訴えていた横田選手にとって、打球を追うことさえ難しい状況だったと思います。けれども彼は、センター前に抜けた打球を処理するや否や、矢のような送球で本塁を狙った走者を見事に刺したのでした。これにはタイガースナインは勿論のこと、相手チームの選手まで惜しみない喝采を送ったそうです。

 

決して諦めずに命の炎を燃やし続けた横田選手に、最後の最後で「神様」が「ご褒美」を与えてくれたが如く語られてはいますが、私はそうは思えないのです。本当に「神様」がいるのであれば、こんな素朴で朴訥で、ひたむきないい子を簡単に召されるはずがないのです。私の実に陳腐な脳ミソでよければ交換してあげたいと本気で思ってしまったのですが、「ままならない」からこその人生なのかもしれません。それでも、絶望の真っただ中にいたはずの横田選手が懸命に生きた「軌跡」こそに、私は価値を見出し、涙が止まらないのです。横田選手は引退後も病気の方々を励ますための講演をするため、精力的に各地を回られたそうです。このような過酷な人生に遭遇してしまった三十路にも満たない若者が、なぜ最後の最後まで命に対して貪欲であり続け、決して諦めなかったのか、前途有望な若者が早逝してしまった事実は実に悲しいことではありますが、彼の「短過ぎた人生への向き合い方」に、我々は感動を禁じ得ないのだと思うのです。

受験生の皆さんへ、「明日」のことは誰にもわかりません。あなたのことだけを見てくれている「神様」なんて、きっといないはずなのです。唯一「確かなこと」があるとすれば、それは自分自身が頑張ってきた「軌跡」だけなのです。人生は実に理不尽であり、頑張ったからといって必ず「結果」が伴う訳ではないですし、志半ばで無理矢理「ゲームセット」にされてしまうことだってあるのが現実なのです。

けれども、だからこそ「今を頑張る」ことが大切なのではないかと、私は考えているのです。そんな「頑張り」を、神様は見ていないかもしれませんが(笑)、それがあなた自身の「経験則」となり、後の人生を豊かにしてくれるはずなのです。

 

将来有望な「ナイスガイ」が志半ばで人生の終焉を迎えざるを得なかったことを心の隅に留めて頂き、「頑張ることができる幸福」を実感すべきだと考えた、火曜日の朝なのでした。

 

改めまして、横田慎太郎選手のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

頑張りましょう!

先週は休講日が多く、空いた時間を利用して塾での諸々の作業を行おうとしていたのですが、なかなか計画通りには進みませんでした。その原因はやはり「母」にありました(笑)。

 

休講日が3日あったのですが、うち2日は「母の用事」に付き合わされてしまいました。ほとんど緊急性がない、「用事とも言えない用事」で、母の「お友達」とのお付き合いなのですが、地理的位置関係の感覚がほとんど壊れてしまっている母を放置する訳にもいかず、私が送迎などをするほかなかったのです。まるで私の手の空いた時間を狙うかのように、絶妙なタイミングで私に用事を言いつける(笑)、これはこれで困ったことには違いがないのですが、それでもさんざん世話になった実母ですので、「仕方がないこと」だと納得はしているのです。

 

問題は、このような状況の母を無遠慮に連れ回そうとする「お友達」の存在です。おそらくこの「お友達」も多分に「ボケている」とは思うのですが、何度母の現状を説明しても、一向に理解する様子がなく、

 

「お母さんは私たちの前では普通ですよ!」

 

と、21時くらいに電話で「お誘い」をしてきます。既に自宅の電話は撤去し、教室へ転送しており、母はもともとスマホの着信はとりません。私のスマホに、

 

「お母さんと連絡が取れないんです!」

 

と実に迷惑な留守電を残し、ついにはどこで調べたのかは不明なのですが、「別世帯」である二世帯住宅の2階(私と妻と子供たちの世帯)にまで電話してくる始末で、大変困っているのです。

この老人には家族がおらず、その無遠慮な行動を諫める存在がいないのです。独居である自身の常識が世間の「非常識」であることに気づかず、何度も「病気である」と伝えているにもかかわらず、自らの勝手な判断で頻繁に母を連れ出そうとするその神経は、もはや「狂人」と断じざるを得ないのです。

母が今夏、40度を超える灼熱の中で、熱中症になって「死にかけた」のは、この方の家に呼ばれた時で、迎えに行くから必ず連絡してほしいと言っていたにもかかわらず、母を「放り出した」結果が、命を危険に晒したことに繋がりました。その事実も何度も忠告したはずですが、文字通り「馬耳東風」な有り様で、何の反省も謝罪もないどころか、いまだに母を連れ出すことに何の躊躇もないようです。こうなると、もはや「無敵の人」としか言いようがありません。

 

お年寄りにきついことを言うのは気が引けるのですが、母の命が危険に晒される可能性がある以上は、少し強硬な手段に出るほかないのかもしれないと考えているところです。本来であれば、まずはその相手方の家族に「穏便に」ご相談差し上げるのが筋でしょうが、それができない以上は法的な手段も含んだ対応を考えなければいけません。

 

母にはちょっと気の毒かもしれませんが、本気で母の命の心配ができるのは、結局のところ「家族」以外には存在しないのだと、私は考えているのです。

 

頑張りましょう!

本日はちょっと足を延ばして用事を済ませに行きました。

静岡市の郊外にある「しずおもーる西ヶ谷」に向かいました。こちらにはこれまでも既に何度かお邪魔しているのです。

 

こちらは静岡市の中心街から車で20分ほどの郊外にあり、緑豊かな場所です。清掃工場に加え、野球場や陸上競技場などを備えた西ヶ谷運動公園が隣接しており、何と温泉も併設されているのです!

 

清掃工場の排熱を利用した「温め湯」だと思っていたのですが、実は「温泉」とのこと、これにはちょっとびっくりしました。スポーツの後に温泉につかって疲れを癒すことができるなんて、こんな最高な環境はないでしょう!(笑)。

 

さらには、こちらには粗大ごみが集積されていることを「利用」して、まだまだ使用可能なものの「リユース」を推進している民間の施設も併設されているのです。

 

「ジモティー」についてはご存知の方も多いと思われるので説明は省きますが、いわゆる「実店舗」が全国にいくつか存在するようで、そのひとつがこちらにあります。この日の目的はあらかじめ目星をつけておいた2点の購入と、その後の「温泉」を楽しむことでした。

周囲は緑溢れる地域ですが、清掃工場や運動公園を備えた、かなり大きな施設でした。

小さな温泉場にあるものよりもずっと立派な「足湯」がありました。しかも無料!写真を撮りたかったのですが、親子連れの方が見えていたので断念、この足湯だけでも入りに来る価値があると思います。

建物はこんな感じで、この建物の中に「ジモティースポット」や催事場、温泉が入っています。

どうやら温泉が空いていたようで、先にお風呂を頂くことに。こじんまりとはしていますが清潔感があり、ロッカーの鍵もしっかりしていて、防犯上も安心です。しかも料金は驚きの大人410円!今どき温泉に410円でつかれるところはそうないと思います。

ただし、偶然洗い場で隣り合ったおっちゃんの全身に立派な刺青が施されていて、にもかかわらずめちゃくちゃフレンドリーだったのには少々面食らいました(笑)。

その後に2階にある「ジモティースポット」へ。あらかじめネットで調べておいた「IH調理器」と「加湿空気清浄機」を無事購入することができました。中古とはいえ、2点でたった2000円!帰宅後早速使用しましたが、問題なく稼働しております。

中古品を極端に嫌う方を散見しますが、健全な「もったいない精神」を旨として、まだまだ使用可能なものは積極的に再利用するという姿勢こそが、我々にできる最も身近な「地球環境への貢献」だと、私は考えているのです。

 

そういえば、現在地元である沼津市も新たな清掃工場を新設中です。以前の工場は既に潰してしまったのですが、ごみ焼却の排熱を利用した温水プールも同時に潰してしまったのです。新たな清掃工場には排熱を利用したプールやお風呂は造らないのでしょうか?

人口減少が止まらない現状においては、自治体の財政状況は決して豊かではないことは重々承知していますが、市民が安価に楽しむことができる「質素なハコモノ」だけは残してほしいと、密かに願っている私なのでした(笑)。

 

温泉につかったせいか、何だか今日は調子がいいぞ!(笑)。

 

頑張りましょう!

少し前にこんな記事を書きました。

チャットGPTを「チャッピー」と可愛らしく呼んでいた子(笑)、これに関連して、こんな記事を目にしました。

 

やっぱり若者の間では「チャッピー」という愛称が定着しているんですね。私自身も「若者たち」を扱う職業柄、常にアンテナだけは張り巡らせておかなければならないと痛切に感じた次第です。「この子、何言ってるの?」状態では、ちょっと困るので(笑)。

 

少しだけ気になるのは、「チャッピー」を「便利に使う」のではなく、「友達」や「相談相手」として認識している子が多いという点でした。「チャッピー」は「チャッピー」として、それとは別に現実社会での友人関係もぜひ育んで頂きたいと、強く願うばかりです。人間関係には素晴らしい点が多々ありつつも、一方で「煩わしさ」を感じることもあるのは大いに理解できます。それでも人とのかかわりの中でしか得られない「経験則」もあるはずなので、「お気軽な関係」を維持するとともに、「ちょっと煩わしいけど、深い関係」も構築して頂きたいと、個人的には考えているところです。

 

もはや「流行語大賞」にまでノミネートされる存在となった「チャッピー」ですが(笑)、私たちはこの極めて有用なツールを効率的に利用しつつも、現実社会においていかに活かしていけるのか、より豊かな人生のために資するものとできるよう、「人間の知恵」を絞っていかなければならないと、改めて感じた次第です。

 

最初に「チャッピー」という愛称で呼び始めた子に対して最大限の敬意を表すとともに(笑)、子供たちが日常用いる「言葉」に対して、敏感でいなければならないと改めて感じた土曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

 

かつては「通知表」の成績については、「1」から「5」まで、成績や学習態度によって一定の割合で教師から評価を振り分けられる「相対評価」によって構成されていました。「5」が5%、「4」が10%等々、生徒全員を一定の割合で振り分けていたのです。この場合、「通知表」の評価で生徒の学習理解度をある程度把握できるメリットがあるのですが(要は「通知表」の評価がある程度は信用できる)、「変わった教師」の恣意的な偏った評価が反映されてしまうなどのデメリットがあったことも確かなのです。

 

そのため、近年では「絶対評価」が採用され、現状の学習理解度に関わらず、生徒一人一人の「頑張り」を「通知表」の結果に反映させようとしているのです。これはこれで「理想的」に運用されれば極めて効果的ではあるのですが、一方で「通知表」の評価が生徒の学習理解度を正確に反映しているとは言えず、特に高校側からすると「全く信用に値しない」評価となってしまいます。数年前にはとある自治体の中学校において、ほとんどの子を「4」で評価してしまい、その自治体の中学全体の「通知表」の評価が全く信用されない=受験時に、特に私立高校が大変困ってしまったという事態に至ってしまったという話を聞いたことがありました。いずれにしても「極端すぎる運用」というのは大きな弊害を生み出してしまうものなのです。

 

上述のような「反省」を活かし、現在においては「相対評価的な絶対評価システム」が運用されているようです。「いったい何を言っているの?」と疑問に感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、それは至極当然の感想です(笑)。

テスト結果は通知表の評価に大きな影響を及ぼすことは当然のこととして、従前の絶対評価の様に、生徒一人一人の「頑張り」についてもしっかり反映させること、その上で「極端な絶対評価」が行われていた際に極力「1」の評価をつけなかったことを反省し、生活上・学習上においてあまりにも問題が多い子に関しては躊躇なく「最低評価」をつけるという内容です。

前述の通り、生徒個々の「頑張り」は大いに認める姿勢なのですから、仮に能力的な問題でテスト結果が振るわないとしても、日々の学習への取り組みや宿題などの提出物の状況が良好であれば、「1」という最低評価を免れることはそう難しくはありません。にもかかわらず、「1」が複数ある生徒については、進学自体が極めて難しい状況になってしまうのです。以前に比べ、「通知表」の評価が高校側にとって「信用に値するもの」に変わりつつあることに留意すべきなのです。

 

テストの結果は確かに大切ですが、それ以上に日々の課題やテスト前課題を期日までに必ず提出すること、そして毎日の授業に真剣に取り組むことが、自らの未来を切り拓くための「最低条件」だと考えて学習に取り組んでいただきたいと切に願っております。

 

テスト前課題や提出物を「きちんと提出できない!」とお悩みの生徒・保護者様は、ぜひお問い合わせ頂ければと存じます。半ば強制的に「間に合わせます」!(笑)。テストの結果だけで進学できるほど、受験は甘くはないのです。

 

頑張りましょう!

ヤフーニュースをぼんやりと眺めていたら、ちょっと気になる記事が掲載されていました。

私の倅のところにも公立の学校から「非常勤講師」のお誘いが何度も来ていたようですが、勤務する先生からすれば、まさに「苦行」というほかないような環境のようです。

 

私が若い頃に「雇われ教室長」として勤務していた塾でも、私立高校で臨時教員として働いていた先生が何人も「アルバイト」として働いていました。私立の学校であれば、一応「副業」は許されているようで、勤務時間外に学習塾などで働くことに大きな問題はなかったようですが、公立の学校で働いている臨時教員は「公務員みたいなもの」として副業が禁じられているようです。にもかかわらず、文字通り「アルバイトに毛が生えた程度の待遇」で、どうやって暮らしていけばいいの?と考えてしまうような実態でした。

 

学校としては、「安く、コキ使える」臨時教員を多く使えば、財政的には潤うのかもしれません。一方で、使われている身としては「たまったもんじゃない!」と叫びたくなるのは当然のこと、正教員と同じくフルタイム勤務で年収200万円にも満たない現状は、まさに現代の「奴隷制度」と言っても過言ではないかもしれません。大学においても、いわゆる「ポスドク」の方々が、「人としての最低限度の幸福」さえ得られない処遇を長年強いられているという例もあるようです。私立・公立問わず、勉強のみならず道徳面さえ「偉そうに」教える「学校」なのですから(笑)、有期・無期の違いはあるにせよ、臨時教員の皆様にも「最低限度の幸福」を確保できるような待遇を与えて頂けることを願って止みません。

 

とりあえず当塾在籍の日大三島中・高の生徒たちに影響が及ばないことを願わずにはいられない私なのですが、それにしても「日本大学」およびその関連校については、なぜこうも毎年マスコミに騒がれるような「マズい話題」ばかり提供してしまうのかと、あくまで他人事でありながらも呆れ果ててしまう私なのでした(笑)。

 

「体質」っていうものは、そう易々とは変えられないものなのですかねえ(笑)。

 

頑張りましょう!

一昨日の「文化の日」、次男が隣市の書店で開催されたビブリオバトルに参加したいとのことで、仕事前に送迎をしました。

オンライン販売が拡大の一途を辿る中で、街中の書店さんは経営が大変だと思います。谷島屋さんは静岡では有名な書店ではありますが、それでも決して「油断できない」経営環境ではないかと、勝手に思っております(笑)。そんな中で、書籍の普及のためにビブリオバトルを開催してくれたことには、ただただ感謝なのです。

当初想像していたよりも参加者や観覧者が多く、それなりの盛り上がりを見せていました。聞けば地元の中学校の先生が谷島屋さんに開催を提案されていたようで、あたかも演劇部のような「身振り手振り」を駆使した中学生が複数参加されていたのが気になりました。(この点については、後日別途記事にて言及します)

 

大人の方も4名ほど参加されていましたが、今回に関しては「ビブリオバトル」なる形式をあまり理解されていない方が多かったようで、「書評合戦」というよりも、ご自身の半生や書店経営の現状や展望を滔々とお話しされる方が多く、少し不思議な感じがしました。「ビブリオバトル」という観点から考えれば、定義に沿ったパフォーマンスをしていたのは次男だけであり、当然の如く「チャンプ本」となりましたが、まあ次男にとっては他の参加者がどうであっても、自分自身は「平常運転」なようでした(笑)。

 

今回は谷島屋さんとしても初めての開催ということもあり、万全な準備ができていなかったようです。パフォーマンスや質疑応答の時間も当日になって発表されていましたし、そもそもその時間さえ全く無視してお話しされていた方もいました(笑)。何事も「ルールの整備」は重要ですので、次回以降の開催があるのであれば、ぜひ「公式ルール」に目を通して頂き、「ルール違反者」には厳しく対応し(笑)、大会としての「格調」を少しでも上げて頂ければ、と思います。ただし、繰り返しになり恐縮ですが、デジタル化の波に押されて、お世辞にも活況とは言い難い出版業界の現状において、このような催しを労を惜しまず開催して頂いた企業姿勢には、率直に頭が下がる思いでおります。

次男が着用しているパーカーは、次男自身が特別に作成を依頼した物で、胸元には「Mr.Biblio」との刺繍が施されています(ちなみに夏用のTシャツバージョンもあり(笑))。勝利者インタビューで、

 

「本気で日本一を目指します!」

 

と言ってのけた次男は、やっぱり今日も「平常運転」なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!