1990年代のある年のゴールデンウイークに志賀高原の横手山と渋峠のスキー場でスキーを楽しんだ。横手山のベースと熊の湯のベースの間にあった勤務先の山荘に泊まった。当時は上信越自動車道は開通していなかったので、渋峠経由草津側へ降りるルートで帰ることにしていた。
家族全員が車に乗って山荘を出発する必要が無いことに気付いた。家内に少しでも多く滑らせようと思って、渋峠スキー場の下部にある渋峠ホテル近くで拾うことにした。当時は毎年ゴールデンウイークに滑りに行っていたので、昼近くの時間帯でも駐車場は空いていることを知っていた。
当時は携帯電話を持っていなかったが、代わりにアマチュア無線機を使っていた。横手山の山頂までリフト3本を乗り継ぐ必要があった。家内を横手山のベースで車から降ろして、渋峠を目指した。無線機のお陰で、渋峠での合流は容易だった。