軽井沢建築探訪記  (その1) Column14 | Eee works Column.

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住まい手の想いに寄り添い 納得いく予算で 浮かび上がるカタチを磨き上げる

PHJ5周年記念大会の軽井沢PHを見学した後、松尾理事に軽井沢にて建築探訪のお誘いを頂き有志と参加してきました。「モダニズムの起源を綴る旅」とも言える旅となりました。

私は関西在住で軽井沢は縁遠く、夏の蒸し暑い中テレビで見る避暑地この程度の印象で今回初めて訪れました。その歴史についても殆ど知らず、下準備のつもりでパラパラと調べてみました。

いわゆる避暑地としての軽井沢は明治19年カナダ生まれの宣教師が清涼な自然と気候に感嘆し友人を伴って避暑に訪れた事がきっかけだそうです。当初訪れた宣教師、その家族の影響で必然的にキリスト教色の強い町になった様で、軽井沢憲章の国際色の起源でもありそうです。現在の”軽井沢”になるまでの間は観光という側面からの開発。また観光客に呼応するビジネス等、清涼な自然とは似つかわしくないものとの戦いの歴史も有ったそうです。 (軽井沢観光協会公式HPより)

今回軽井沢を訪れるにあたってどうしても見たかった建物。

設計:吉村順三 1962年築 小さな森の家

20余年前のに購入したこの本が ”軽井沢の山荘” との出会いでした。



本の書き出しに 
旧道からすこし奥に登ってきて、ここからちょっと斜めに見上げたところに、山荘が見えるだろう? アプローチはゆるやかにカーブした坂道だ。屋根は、山全体のかたちに馴染むように、手前に下がった片流れにしている。もしそれが逆になると、どうも地形に素直でないような気がしてね。
ぼくはいつも、建物のかたちと地形を切り離さずに考えているんだよ。


 という書き出しの通りの佇まいでした。ほぼ当時の姿を残したその姿は50余年の歳月を超えて、もみの木立と馴染み、どこにも無理がなくかつ現在も色褪せない しなやかな建物でした。「居間からの眺め」を下から想像しつつ豊かな時間でした。



 帰阪後 再度読み返し興味深かったのは、設計当時『暮らしへの配慮』として 断熱・防音・遮音 という項がありました。設計当時断熱資材がほとんど無い中、出来る限りの工夫をされたそうです。天井、壁の中に断熱材としてモミガラ (着工時にEPSが発売され変更)。2階床には断熱材として浅間砂利、防湿として外壁下地に亜鉛メッキ鉄板。遮音として間仕切に浅間砂利を細かく砕いたもの など。

 現在は断熱・防音・遮音、他も当時とは比べようもない程、研究が進み資材も豊富になっています。住宅の高性能化、劣化対策の機運が高まる中、原点でもあるこの建物の探訪で得た豊かな時は、「かたちと性能の両立」を考える上で大変貴重な経験となりました。    (その2へ続く)