孤独便  -6ページ目
透明な水に一滴の夜を零す。

すると水面の外皮はじわじわと暴かれ、

入れ墨が柔肌に爪を立てながら沈溺する。

こうして僕は水面に地図を彫り広げてみる。

水面に浮きだつ動脈は脈打ち、その波紋は艶かしく

どこか気怠い手つきで地図をめくった。



急げ、太陽を詩織にしたらこの夜は蒸発してしまう。

水面に浮かぶビルを拝借し、付箋にするには

あの国はまだ遠い。

ならば渾身の力で満月を削ろうか。

今宵、三日月の角度こそ僕の友達だ。

あの夜、月の火の粉は夜空に瞬く僕の汗だった。

夜通し研きあげたコンパスの針の鋭さ。

それは人を殺める時の鋭利な気持ちに酷似した

未開拓の本能そのものだった。

そうさ、月には僕だけの基地があるんだ…



出っ張った自我の先っちょをちょん切れないでいるから
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そいつが箪笥の角にぶつかり痛い思いをするんだ。
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他人を傷つける前に伸びた爪を切るのが
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人間としての嗜みってものだよ。
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そう嘯くコンパスの針は

月光に浸した帳を切り裂くチェーンソーの回転を始める。

さぁ、ホルマリン漬けにしてやった夜のヴァギナを

好きなだけ観察し科学すればいい。

後はガリレオに倣い、

ピサの斜塔から背徳のゴンドラを重力に浮かべ、

泥濘む時を漕ぎゆくだけだ。





あぁ



どうか



どうか



今宵に狂い咲くザクロの実よ。

東に殺意があるならば

皆殺しの国へとは連れて行ってくれるな。


或いは西の殺意に物申そう。

難破した船が自国に舞い戻るというのなら

もはや尊厳を脅かす国賊と看做し、

哀しき冷戦、孤独に堪え忍ぶことだろう。



東から西へ殺意は沈み、

やがて西から東へ殺意は昇る。

水面の地図は爛れ、いつしか夜は蒸発したかに思えたが、

雨が降る度、水平線が震えだすんだ。




一滴の朝と

一滴の夜を履いた

子供の長靴の底で僕は眠ろう。

蠅のたかる五月蝿い静寂を凌ぐには

ちょうどいい宿だ。

ぴちゃぴちゃと

水溜りで戯れる少年の足音が饐えた静寂を換気する。

帰り道、窪みに積もる泥水で夢を捏ねはじめる少年。

勢いよく空へと投げ出した黒い傘には虫食いの穴が。

小さなプラネタリウムは宇宙の薄皮をはためかせ、風に問う。



世界の片隅に置き忘れられた色とりどりの傘を分けておくれ。

僕はそいつで宇宙の剝製を創るつもりだ。




















































ここは見渡す限りの砂漠だ。

地平線を遮るものはすべて蜃気楼と見なして間違いない。


この砂漠には時折、砂の雨が降る。

渇いた喉は砂金を鷲掴みするように砂の雨水を

粗暴に呑みこんでいく。

傲慢な輩は両手で雨水の小池を作ろうとするが、

手のひらからシュルシュルと零れ落ちてしまう。

手のひらに閉じ込めようとした砂の楽園。

砂を握りしめた手のひらを開けば溝川のような指の跡。

路地裏の水路は淀んでいる。

何者かの手のひらの形に歪められた町だ。

零れ落ちた砂の底知れぬ海にシーラカンスは眠るというのに…


きっと空には巨大な鯨が泳いでいるのさ。

空を跳びはね、背中についた寄生虫を地上に振り落とす度に

それを砂金だなんて人間どもはありがたがっている。

目には見えないプランクトンの深海に

シーラカンスは眠るというのに…



堆積した地層の一粒は

上から下へ

下から上へと

砂時計のように

巡り逢い、物語る。




あぁ空よ


あぁ陸よ


あぁ海よ


繰り返す永遠の砂の舞よ


私は零れ落ち、砂時計の海から月との再会を宿望する海月です。





























夕暮れ時

金色に染まるイチョウの木

葉の隙間から覗くは人の顔

風に揺れる葉は、おいでおいでと手招きだ


夕暮れ時

夕陽に焼かれた鴉は電線の譜面に羽休め、

その羽で夕陽と空を串刺せば

黒焦げの和音、茜空


夕暮れ時

私は形あるものすべてに問いかける

見るものすべてが私という名の比喩を成す

見るものすべてが手品のように見えない心を

切ったり、繋げたり、結んだり、

それはロープマジックの手並みのよう

手品を見つめる私も、やはり私という名の観客で、

人の心は何よりも不思議で多忙な手品師だ




騙し騙され夕暮れ時

騙し絵は、ただ夕陽と戯れる私を

母の迎えを待つ最後の子供にしたがります…