フインランドの教育はなぜ世界一なのか
著:岩竹 美加子
発行:新潮社
2019年6月刊行
感想
「フインランドは、人口550万の小国だが、PISA(15歳児童の学習到達度国際比較)の多分野で一位を獲得、近年は幸福度も世界一になった」という。その秘密を、氏はご自身の子息の実際の体験も含めて丁寧に解き明かされる。
「はじめに」の中で、
「世界一の教育はシンプルだった」として、「受験は無く、受験のための勉強もない」。全国的な試験は、高校卒業時のみ行われると説明される。
「学習の義務はあるが、学校に行く義務はない」
また社会の概念として「ウエルビーイング」が「教育の柱」「日常生活と社会、国家のあり方の柱」であると言われる。
まず最初の感想は、こうした社会全体の歴史、文化、背景、制度、法律などあらゆることを網羅して研究しみないと「秘密」は分からないと思うし、その「良いところ」を見て、日本でも真似ようと思うのは早計であろうと思ったことだ。
ただ、それでもせめて各家庭でもできる範囲での「良いところ」はないかと見たときに、一番興味を持ったのは、第6章の「こうして考える力を育てている」というところだった。
高校への進学では、40%が職業学校へ、60%が普通学校へ。
高校の授業は、「高校の時間割は自分で作る」
高校の卒業試験は、「唯一の全国的試験」「受験科目も数も全部自分で決める」「普通7科目くらい」「試験の評価は7段階」
高校卒業後の進路は、「志望する大学はそれを元に選考を行う」「入学先は、高校卒業時試験の成績と本人の志望に基づいて決まる。ただし医学部入学は難しい」 職業学校卒業後は、「普通仕事に就く」。
「高校卒業は一大イベント」で、人生の門出となる出来事。「全国の高校卒業者の名前は、ネット上にも掲載される。誇らしく嬉しいことで、親や祖父母、親戚などが、長く保存」している。
「親の経済力に関係なく高等教育が受けられる」「授業料は無料。国が、学生に給付型奨学金と学習ローン、家賃補助を出す」
「大学は基本的に修士をとる場所で、学士、修士、博士と並べれば学士は最低の学位」「博士号の取得は、高校卒業に次ぐ大きな」イベントであり、費用自分持ちで盛大なパーテイを開く。
卒業後どうするかは、学生が自分で考える。一斉卒業、一斉就職はない。
「職場は、年功序列制でなく、先輩後輩、同期の関係もない。何が専門かが重要。年齢に関係なく公募の応募し、職場を変えていくことが普通。非正規労働が多いことは問題だが、長時間労働や高度プロフェッショナル制度のようなものはありえない」
「考える力」を育てているのは、家庭、学校、社会のすべてにおいて「自分で考え、決める」ことが徹底されているからだろう。当たり前なことであるが、実際、今の日本で実行しようとすれば、いろいろと難しさを考えてしまう。
よくも悪くも日本の場合は、一定のモデルケースがあり、「一斉」で動く考え、仕組みがある(整っているともいえる)。これから外れるとそのまま人生から「ドロップアウト」してしまう危険性もある。「就職氷河期」世代がよい例だろう。これに抗して生きるためには、相当の覚悟と技量とが必要とされるように思う。
ただ各家庭でも、今の日本社会や学校の仕組みをきちんと教えることができれば、「自分で考え、自分で決める」ことは、かなり部分で可能だろうと思った。
氏が解き明かされることは、なるほど、さすが、すごい、とは思うのだが、結局、なぜ「フインランドの教育は、世界一」なのかは、グランパとしては、よく分からなかった。理解できず、消化不良に終わっている。
一つだけ気のついたこと。日本やアメリカなどは過度な競争でできる人とできない人との差を激しくする。トップクラスのレベルは高いが平均はそれほどでもない。しかし「平等思想」の強いフインランドでは全体の底上げが行われ、結果として平均も上昇する面もあるのではないか、と思った。
最後までお読みいただいた読者のみなさん、申し訳ありません。
