3月のうちに大学の卒業式やアパートの退去を済ませ、
あとは4月1日を待つばかり。

 

 

今は事前に赴任先が知らされるそうですが、
昔は本当に4月1日まで何も分かりませんでした。

 

今思えば、人権無視と言ってもいいくらいの
ずいぶんひどいやり方だな……と思います。

 

 

さて、新任教師たちは4月1日、
スーツを着て教育事務所の会場に一堂に会しました。

 

この間も書きましたが、
当時はリクルートスーツという概念もなく、
それぞれいろいろな色のスーツでした。

私は、たしかベージュのスーツだったと記憶しています。

 

 

そこで名前が呼ばれ、
赴任する市町に振り分けられたと思います。

 

私は、なんとなく
自分の生まれ育った市に着任して、
恩師に再会できるのでは……と
どこかで信じていたのですが、見事に外れ。

 

実家からは電車で1時間強、
遠くの町へ行くことになってしまいました。

 

面接のときに勇気を出して言った
「どこかの駅から歩ける学校で……」
という希望だけは叶っていましたが。

 

 

その後、同じ市町に赴任する新任教員が
ミニバンに乗せられて、まず役場へ。

 

そこで市の初任者研修などの説明を受け、
いよいよそれぞれの新任校へ向かいました。

 

 

……と、ここまでの過程を思い出してみるのですが、
実はそのあたりの記憶がほとんどありません。

 

緊張しすぎて、
何も頭に残らなかったのかもしれません。

 

 

おそらく流れとしては、

 

校長室で挨拶をし、
職員室の前に立って先生方に挨拶。

所属する学年を知らされ、
学年の先生方に挨拶。

職員会議に参加し、
学年打ち合わせに参加。

そして学校の中をぐるっと案内される――

 

そんな流れだったのだと思います。

 

というのも、後に私が
新任教員を迎える立場になったとき、
みなさんそんな感じで動いていたからです。

 

 

あのときの私、
どれほど緊張していたことでしょう。

今の私があの頃の自分に会えたなら、
「大丈夫だよ」と声をかけて、
背中をさすってあげたいくらいです。

 

 

これが4月1日の出来事。

 

毎年、4月6日頃には始業式や入学式があります。
つまり、ここから数日で
すべての準備をしなくてはならないのです。

 

新任教師とはいえ、
担任を受け持つことになっていましたから、
それはもう怒涛のような日々の始まりでした。

 

しかも、実家から通えない範囲に着任した仲間たちは、
このタイミングでアパート探しまでしなければなりません。

 

 

かつてはそれが当然、のように受け止めていましたが、

今思うと、なかなか大変な話ですよね。

 

 

 

何が分からないかも分からない新任教師。

何しろ、印鑑の押し方も分かりませんでした。

使い始めて早々に落として欠けたような記憶あり・・・。

こんなチタンだったら欠けなくてよかったかも。

今更だけど欲しいなあ。