担任2年目のときのクラスに、Yちゃんという女の子がいました。

お母さんに、大事に大事に育てられているんだなあ、と
見ているだけで伝わってくる子でした。

 

 

何をするにも、とても丁寧。

プリントを配るのも、
字を書くのも、
話を聞く姿勢も、

ひとつひとつ、一生懸命なんです。

 

 

きっと、

「ちゃんとやってえらいね」
「ていねいにできてすごいね」

と、おうちで大切に育てられてきたんだろうなあと感じていました。

 

 

そして、そのあたたかさは、
お母さんの連絡帳にも、そのままあらわれていました。

 

 

参観日が終わると、

「子どもたちのことをたくさん見てくださって、ありがとうございました」

「この問題は、私も真似して出してみようかなと思いました」

 

 

遠足のあとには、

「とても楽しかったようで、帰ってからずっと話してくれました」

「また家族でも行ってみますね」

 

 

運動会のあとには、

「先生もお疲れさまでした。子どもたちの頑張る姿に感動しました」

「勝ち負け関係なく応援する気持ちが育っていてうれしかったです」

 

 

「そんなふうに、

ことあるごとに、あたたかい感想やお礼を書いてくださるんです。

 

 

連絡帳って、

正直に言うと、

朝、机の上に置かれていると、ちょっとドキッとするものでもありました。

 

 

「何かあったかな」
「困ったことかな」

と、最初に身構えてしまうことも、けっこうあるんです。

 

でも、Yちゃんの連絡帳だけは別でした。

 

 

朝、Yちゃんの連絡帳が出されているのを見ると、

「あ、今日は何て書いてあるかな」

と、ちょっとうれしくなる。

 

忙しくて、バタバタしている毎日の中で、

ほっと気持ちがゆるむような、

そんな存在でした。

 

 

もちろん、私は若くて、

毎日余裕があったわけではありません。

失敗したり、落ち込んだり、
自信をなくしたりすることも、たくさんありました。

 

でも、

Yちゃんのお母さんの言葉には、

「ちゃんと見ていますよ」
「大丈夫ですよ」

と、そっと背中を支えてもらっているようなあたたかさがあったんです。

 

 

連絡帳って、

ただの連絡のやり取りじゃないんですよね。

 

そこに書かれた言葉ひとつで、

元気をもらったり、

救われたりすることもある。

 

 

今でも、Yちゃんの連絡帳を思い出すと、

なんだか心がふわっとあたたかくなります。

 

 

あの頃の私にとって、

忙しい毎日の中の、小さな癒しでした。

 

Yちゃん、お母さん、元気かな。