さて、街の真ん中を流れるこの川に沿っていくぞ!

こういうものがちょくちょく出てくる。これは、上杉鷹山先生が、殖産興業の
一環として塩田を行っていた跡地だ。

え?でも海もないこんな土地で?と思ったけど、この小野川温泉のちょっと
しょっぱい温泉水を使って、いろんな手段をこうじ、最終的にろ過をして、
塩を採取していたらしい。恐るべき執念。鷹山先生がこの地に赴任してきた
時(先生は他家から養子で米沢藩の藩主になったのだ。)借金はなんと、20
万両。今のお金で200億円。いったいどんな罰ゲームだよ、とか思わなかった
のだろうか・・・・これを一代の藩主が返済し終えるって、「神」だよね。
彼がやったことは、まず、思い切った節約。前藩主の年収が1500両だったの
を、自身の年収は209両まで引き下げ。普通こんなことできます?1/7ですよ。
前任の社長が月給200万だったら、新社長は月給30万以下、という世界。
殿様だから、自宅には下郎とか、女中とかいっぱいいただろうに・・・・
そして、鷹山先生は殖産興業で富を増やしまくっていきました。これがまた、
すごい。
何をすれば、儲かるか。はるか先まで見通して適切に道筋を提示し、やり抜く。
もちろん、最初はみんな乗ってこないから、粘り強く説得する。足りない労働力
は、暇そうだった、武士たちを働かせる。最初いやいやだった武士たちも、
鷹山の清廉潔癖な様子に心動かされ、一緒に藩のために邁進するようになる。
もう一つ凄いのは、藩の民のためのシステム改革。当時の藩士たちは、夕方
4時ごろには仕事が終わって、家路につく。もちろん受付とかはその後しない
から、藩の民は困るわけだ。で、何をしたかと言うと、交代制で24時間受付
とか、やっていたらしい。これって、たぶん現代日本でも「コンビニ以降」
だよね。かような斬新さで、すごい勢いで借金返済を行っていったのだ。
かくして200億の借金を一代で完済。それだけじゃない。鷹山先生の時代、
「天明の大飢饉」という一大飢饉があった。これは近世最大の飢饉で、大勢
の人が飢餓で死んだ。しかし、彼は、あらかじめ、この地で「備蓄」を推奨
し、飢饉のときに大放出することで、ただの一人も領内から餓死者を出さな
かった。付近の藩では数万人に上る餓死者があふれかえっていたというのに。
ケネディが尊敬するのもうなずける話だ・・・こんな領主、世界を探したって
いないと思うの。
さて、小野川村をほぼ一周。ここはかの小野小町が休んだ、と伝えられる石。

はいはい。萌え子さん、説明をお願いします。

この後ろが、また、公共の湯。また入らせて頂きましたが、これがまた熱い。
信じられないくらい熱い。まあ、我慢して入っていると慣れてくるけどね。
さて、小野川最後に喫茶店でコーヒー。バスの時間まで15分くらいだから、
丁度いいか。なかなかおいしいベーグルとコーヒーでした。

で、バスに乗って、米沢駅に向かう。けど、途中でおりて、やっぱりちょっと歩く
ことに。昼飯屋さんが実は駅前にはあまりなさそうなのだ。ここを歩くと、米沢は
本当に盆地にあるのだなあ、と思うよ。

なんだか、行列ができているラーメン屋さんがあったので、並んでみた。

美味しかったけど、これはいわゆる都心部の「今風ラーメン」だなあ。
もっと米沢米沢したラーメンが食べたかった。
さて、米沢駅に戻ってきました。

本当に駅前にはほとんどなんもないんだよなあ。
で、奥羽本線に乗ってみる。まだ時間はあるのだった。山形新幹線の乗り入れも
あるが、基本ローカル線で、ボックス席。一人でひとボックス。贅沢だあ。
で、ななめ向かいのボックスには、お父さんと小1くらいの女の子が座っていて、
お父さんは完全熟睡モード。女の子は暇を持て余していたのか、僕の方をちらちら
見てくる。思わず手を振ったら、ぱっと顔が明るくなり、微笑んでくれた。
ほとんどだれも車内には居なかったし、お父さんも熟睡していたから、ジェスチャー
だけだったけど、なんとなく会話が成立。
4つほど先の駅、赤湯が目的地だったけど、おかげさまで全然退屈はしなかったな。
そうそう、昔の旅行を思い出した。その時は、夕暮れ時、席は埋まっていて、
私はドアの前に立って車窓を眺めていた。車窓が金色色に染まっていくその時、
踏切でいかついおじいちゃんが、小さな女の子を抱いて立っていた。
その子は、電車に向かって一生懸命手を振っていたのですよ。私は思わず、その子
に手を振ってしまって、その子もそれに気づいて、私をみて手を振ってくれた。
いかつい顔をしたおじいちゃんもすぐに気づいて、破顔の笑顔をしながら、僕に
深く会釈をしてくれたのだ。なんか、位相の異なる世界が一瞬繋がって心に触れ
られたような感覚。あの夕方の光景も、例の走馬灯に出て来てくれる景色であって
ほしいなあ。

さて、赤湯。なんでも小高い丘があるらしい。馬鹿と鶏は高いところが好き!の
言葉通り、高いところから、この盆地を眺めてみたかったのだ。
おお、ここはラーメンのまちか。こちらで食べれば良かったなあ。

駅の屋根で雪合戦やっている。

新種の萌えキャラ。

駅ナカでワンコイン(500円)で、地ワインや、地日本酒を飲める。はいはい。
もちろん両方とも頂きましたよ。

表には石碑のようなものが。

さあ、ここから小高い丘にある烏帽子山公園までは1キロちょっとか。歩くぞ!
ここが、丘の上。中央に東屋があるけど、荷物がおいてあって椅子もない。
で、疲れてきたので、リュックのなかにあった焼酎やらウィスキーやらをだして
飲み始める。誰もいないしね。で、この山並みを見ながら寝入ってしまうま。
だれもいないしね。しばらくして、誰かに起こされた。老夫婦の奥さんのほうが
物凄く心配そうに私を起こしてくれた。「もしもし、大丈夫ですか?」
酔いどれた私は、ちょっと呂律が回らなかったが、「はいはい。寝ておりました。」
と言ったのだが、多分、誰が見ても、行き倒れか、ホームレスの人だったろうなあ。
行き倒れだったらやばいし、周り雪の中だからホームレスの人でも凍死を心配して
くれたのかもしれない。親切だなあ。その後いろいろ飲み飲み様子を見ていたが、
30分に一回くらい、家族やらカップルやらのグループが登ってくることだけは
わかった。あんまりみっともない姿はみせつけられないなあ。

結局、米沢旅行の最後はこの地にしようと思った。ずっと夕暮れまでここに居よう。
誰がつくった雪だるまだろうか・・・・・

こういう景色を見ながら、飲み飲みしながら、ボーっとしているのは本当に気持ち
いいなあ。
夕暮れ、家族が登ってきて、やっぱりこの景色を眺めていた。なんか、心がほのぼの
したなあ。

ああ、日が沈む。

動画なども
さあ、そろそろ戻るか。3時間くらい、ここでゆっくりしちゃったね。
反対から降りようとしたら、すごくでかい鳥居が。名のある神社なんだろうなあ。

で、いったん米沢に戻り、食事をしようとしたら、若い女性に声をかけられた。
彼女は、私に新聞を手渡して・・・・宗教関係の新聞だった。なぜだか、高市総理
の悪口が大量に書いてあった。彼女は、宗教と国際情勢と高市総理の悪行を延々と
語ってきたのであった。ああ、最後の最後に当たってしまったなあ。
まあ、それでも話を聞いてあげて、「ところで、ここらへんに食事できるところ、
ありません?」と言って、逃げることに成功。
カレー屋に入り込めた。お腹空いていたので、生姜焼きwith カレー です。もち
ろんビーールもね。

さあ、帰りはまた山形新幹線。焼酎飲みながら、今日の出来事や考えたことを
ノートにまとめて、旅の終わりに。今回の旅もなかなか良かったです。
