「ワカメ、いなくなっちゃったな。」
「…そうだな。」
「ちょっと、つまんないな。」
「…そうだな。」
その部屋には妖怪ワカメが住んでいた。
いつもみんなで遊ぶ公園の隣。古びたアパートの1階。
もちろん本物の妖怪じゃない。
うねうねと長く伸びた髪がワカメのようだ、と誰かが言った。
昼間も家にいたり、夜中に公園で猫と話してたり。
その髪で隠された顔はよく見えないけど、他の大人とはどこか違うみたい。
「あいつ、おばけなんじゃない?」
「妖怪?!妖怪ワカメだ!!」
公園の隣には妖怪が住んでいる。
妖怪の部屋に近づいて肝試しをしたり、急に窓が開いて驚かされたり。
そんな風に小学生の時間が過ぎていった。
が、卒業式の頃、妖怪ワカメはいなくなった。
「ワカメ、いなくなっちゃったな。」
「…そうだな。」
「ちょっと、つまんないな。」
「…そうだな。」
二人の小学生はいつまでもワカメのいなくなった空き部屋を見ていた。
やがて、二人は高校生になり、今日は同級生の付き合いでライブハウスに来ていた。
高校に入って知り合った女の子。
彼女は中学生の頃からライブハウスに通っていると言う。
正直、ロックには興味が無かったが、彼女には興味があった。
登下校も休み時間も、いつもヘッドホンをして何か聞いている。
そこに居るのに、どこにもいない感じ。
ここじゃないところを見ているような、不思議な女の子。
「いつも何を聞いてるの?」
なんでもいいから話してみたくて、声をかけた。
彼女はちょっとびっくりしたような顔をして、ヘッドホンをくれた。
ものすごい大音量で激しい音楽が聞こえてきて、
驚いたけど、耳が痛かったけど、二人で
「かっこいいね」
と言ってみた。
彼女はまたびっくりしたような顔をして、でもすぐに、ちょっと笑って
「気に入った?今度ライブがあるんだ。一緒に行く?」
初めてのライブハウス。
タバコの煙。お酒の匂い。
怖い顔をした男の人。
一種独特な、毒々しい華やかさを纏った女の人。
制服じゃない彼女は、向こうの世界の人だった。
「あ、友達が来た。ちょっとごめんね」
と、走って行ってしまった。
残された二人は居心地悪そうに
入り口で貰ったフライヤーをめくりながらボソボソと話す。
「なんか、すごいな。」
「…そうだな。」
「俺ら、場違いじゃねぇか?」
「…そうだな。」
気後れするって、こういうことか。
もう帰りたい…。
「今日のバンド、カッコいいんだよ!」
戻って来た彼女が言う。
学校では見せたことが無いくらい
キラキラした笑顔で言う。
二人が持っていたフライヤーから一枚取って渡してきた。
どろりとした紅い写真。
ライブハウスよりももっと奥深い闇を思わせる写真。
その真ん中でこちらを睨む着物姿の男。
「…!これ、ワカメじゃねえか?!」
「!?ホントだ!ワカメだ!!」
きょとんとする彼女。落ちる客電。流れるSE。
ステージに現れた三人の男。
その生み出す音が皮膚を刺し、体を、心を揺さぶる。
初めて知った。音って圧力があるんだ…。
ステージ中央の着物の男がドラムスティックを高々と上げて叫ぶ。
「クソガキども!!
ロックロールは好きかぁぁぁっっ!!!」
振上げた二人の手からフライヤーが舞った。
そこに書かれていたバンドの名前は
首振りDolls
・・・・・終・・・・・